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社会復帰して10年経って思う“生きづらさ”の正体



あー、わたし今まで頑張ってきたなぁ。

不安障害や対人不安抱えながら、よくやってきたなぁ。

未だに実家暮らしなんだけど。

相変わらず自律神経の不調に悩まされてるんだけど。


引きこもり状態を経て社会復帰してから10年の間に、

姪っ子たちと同居しながら

運転免許取って慣れないながらも仕事で長距離運転したりとか、

保育士や社会福祉士の資格も取ったりとか。

ほんと、よく頑張ってきた。



私、社会の中で働くことの何が嫌だったんだろうって、

っていうか、未だに対人不安とか不安障害があって外に出て働くことの苦手意識はあるんだけど、

振り返ってみて、思うことがある。


働いてた時に書いたどうしても捨てきれないメモ帳があるんだけど、

そこに書いてたのがこれ。


何を頼りにしていいのかわからない。
人によって対応の仕方が違う。
何が正解かわからない。
同じことをしても私がやると否定されることもあり、よくわからない。
いちいち聞かないとわからないことが多い。
自己判断できる範囲が狭い上に、ムチャ振りをよくされ戸惑う。
人に教えたりする余裕がないので、いきあたりばったりの対応。
一歩間違えればプロではなく素人集団。
そもそも絶対的な人がいない。
マネジメントはろくにされない。
特に中途パートはできて当たり前。
みんなきちんとしたフォローされてきてないから、自分たちもできない。

【 許せるもの 】
・仕事内容
・放置プレイ
・多少の理不尽さ

【 許せないもの 】
・事後説明(大事なことが後でわかる)
・圧倒的なベテラン不足(相談できる人がいない)
・“指導する”という支援スタイル


私の職場だけだったかもしれないけど、当時の苦い記憶が思い起こされて苦しくなった。


特に福祉の現場って過酷だからみんな余裕がなくて、説明するよりもやってみて覚えろ的な対応をされることが多かった。

そんな中で、HSPやアダルトチルドレンは、洞察力が高いゆえに苦しむんだよね。

前に、記事でこんなことを書いたんだけど

繊細な人は、本来とても優秀な人たちです。繊細は才能です。
ただ、他の人と同じフィールドで戦おうとすると、

受け取る情報量の多さ
高い考察力
理想に対するこだわり
真摯に丁寧に取り組む姿勢

これらの強みが、活かせなくなってしまうときがあります。

繊細な人が自分らしく輝けない理由


HSP・アダルトチルドレンは、本来持っている能力が高い。

基本的に思いやりがあって優しいし、よく気がつくし、正義感も強くて理想も高い。

本来なら、社会の中で即戦力として戦えるはずなんだけど、

致命的なほどの自己肯定感の低さと境界線の緩さが原因となって

その能力を発揮できずに、他者や環境に振り回されてしまうことが多い。

それで、

自分は仕事ができない
自分は能力が低い
自分は社会不適合者

って、自分で自分を否定するマインドができあがってしまう。


結局、HSP・アダルトチルドレンは、自分に合った労働環境に出会うか、ある程度の裁量権が与えられた職に就くか、

さもなくば、フリーランスが向いている。

私は最終的に、取得した資格を活かすことなく、フリーランスという形に納まった。


“普通”にとらわれて、戦うフィールドを間違えている

社会に出て感じる生きづらさは、最終的にこれに尽きるなぁと思った。


逃げてもいい。

できなくてもいい。

大事なのは、自分に適した環境をちゃんと自分に与えてあげること。

他の人と同じようにできない自分を責めたり否定するのではなく、

のびのびと“羽”を伸ばせる環境を、きちんと自分に用意してあげること。


“鳥は徒競走では勝てない”

3年前に引用した言葉を、今改めて噛みしめている。



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