ドン・ブライアント、83歳で逝去~名曲「アイ・キャント・スタンド・ザ・レイン」を残して
ドン・ブライアント、83歳で逝去~名曲「アイ・キャント・スタンド・ザ・レイン」を残して
【Memphis’s Own Don Bryant Dies At 83 : Husband of Ann Peebles】
メンフィス。
メンフィス・ソウル・ミュージック・シーンの重鎮の1人といってもいい、シンガー、ソングライター、プロデューサーでもあるドン・ブライアントが2025年12月26日メンフィスで亡くなった。83歳だった。妻であり、ソウル・シンガーでもあるアン・ピーブルスが発表した。
→いくつかの健康的問題があったという。メンフィスでスタックスと並ぶハイ・レコーズを中心にシンガー/ソングライターとして活動。妻でありソウル・シンガー、アン・ピーブルズをサポートする役目も担っていた。1979年7月と2016年5月に来日
2016年ライヴ評(セットリスト付き)と2020年48年ぶり新作について→
2016年評→
これは約37年ぶりの来日だった。このとき妻ピーブルズの体調が悪いと言っていたがドンが先に逝くとは。
Rolling Stone誌(有料)→
~~~~
評伝。
ドン・ブライアントは1942年4月4日テネシー州メンフィス生まれ。10人兄弟姉妹の5番目。5歳の頃からごたぶんに漏れず、教会でゴスペルを歌うようになる。まもなく、父親のファミリー・ヴォーカル・グループに参加。そこから発展し、高校時代には、地元の人気ラジオ番組に出るために、自身のゴスペル・カルテットを結成。このカルテットに「ザ・フォー・キングス」と名付け、ウィリー・ミッチェル(のちのハイ・レコーズの有力プロデューサー)のバンドがこのラジオ番組のハウスバンド的存在になったことから、メンフィスの音楽シーンでちょっと知られる存在になった。当初は、ソングライターとして活躍していたが、そのゴスペル・グループからソロに転じ、ウィリー・ミッチェルのハイ・レコーズと契約。1969年、初のソロ・アルバムを出す。
ただこの時期、ハイ・レコーズではアル・グリーン、オーティス・クレイなどのR&Bシンガーが脚光を浴び、ドン・ブライアントはシンガーとしては注目されなかった。そのためか、彼はソングライターという、どちらかというと裏方の仕事に重心を置くようになった。
1970年までに、ウィリー・ミッチェルはこの新進気鋭のソングライターにやはりこれから売り出そうとしていた女性シンガー、アン・ピーブルズの作品をプロデュースするよう指示。彼らは「99パウンズ」「ドゥ・アイ・ニード・ユー」などの小ヒットを放ち、1973年には「アイ・キャント・スタンド・ザ・レイン」の特大ヒットを提供する。そして、2人は結婚。
1979年7月、ドン・ブライアントは妻アン・ピーブルズ、同じくハイ・レコーズ所属のシル・ジョンソンと3人で初来日。メンフィス・ソウルの魅力を存分に見せた。
ドンはアンを裏で支えるスタッフ、プロデューサー的存在感を強くしていく。1980年代から90年代にかけては、アンのツアーに帯同したりもしたが、自身の活動はゴスペル系の作品を歌うようになった。
1998年、スタックスのアーティスト、サー・マック・ライスのバックバンドを集めるように言われたプロデューサーのスコット・ボマーがバックバンドを結成、これにボー・キーズと名付け、ここに旧知のドン・ブライアントを誘い、ドンは参加。
ドン・ブライアント37年ぶりライヴ・セットリスト~ブラザーズ・ブラウンとともに2度目の来日。そのときのライヴ・レポート(セットリスト付き)。
2016年05月26日(木)
このときに、妻のアン・ピーブルズが発作で倒れ、その時点で歌は歌えないと言っていたのだが、先にドンのほうが逝ってしまった。
2018年7月にはイタリアで行われている「ポッレッタ・ソウル・フェスティヴァル」に出演。そのときの映像も残されている。
DON BRYANT & THE BO KEYS (1:08:48)
(uploaded 2021.03.29) recorded 2018.07.21
ほかにもこんな映像も。
DON BRYANT & THE BO KEYS - "Full Set" (Live in Memphis, TN 2019)
2019.12.06 (10:55)
Deeper Grooves: Musicians on Music- Hosted by Cliff Beach- Don Bryant (29:30)
2020.10.13
これは電話インタヴュー。
その後、2020年8月、新作『ユー・メイク・ミー・フィール』 をリリースした。
78歳にして現役のサザン・ソウル・シンガー、ドン・ブライアント
2020年08月30日(日)
~~~~~
2016年来日時に会ったときの印象は、本当に南部の気のいいおじさん、という感じだった。
~~~~~
「アイ・キャント・スタンド・ザ・レイン」ストーリー
ドン・ブライアントの代表作といえば、妻のアン・ピーブルズが歌った「アイ・キャント・スタンド・ザ・レイン(私は雨に我慢ができない)」。
1973年のある日、アン・ピーブルズとドン・ブライアントがアンのアパートにファミリーで集まっていて、彼らはおそらくボビー・ブランドか誰かのコンサートに行く予定にしていた。ところが、そのとき近くに嵐がやってきて、雷鳴がとどろきだし、ライヴがキャンセルになってしまった。すると、アンか誰かが一言「I can’t stand the rain (雨には我慢ならないわ)」とこぼしたという。そのワードにピンと来たドンとアンは、すぐその場でこれをテーマに曲を作ろうと決め、さっそく作業にとりかかり、あっという間にできたという。
ちょうどその頃ドラマティックスの「イン・ザ・レイン」、ラヴ・アンリミテッドの「ウォーキン・イン・ザ・レイン・ウィズ・ザ・ワン・アイ・ラヴ(恋の雨音)」など、雨をテーマにした曲が大ヒットしていたので、そうした雨ソングにしようと考えた。
彼らはそのアイデアを翌日プロデューサーのウィリー・ミッチェルに聴かせると、すぐに気に入ってくれた。ウィリーは、ちょうどこの頃、新しい楽器、電子ティンバル(ティンバレス)(二つのドラムスのようなパーカッション)を入手し、いろいろと試していた。そこでこれを使って雨の音を出そうとした。
Ann Peebles - I Can't Stand the Rain (Official Audio)
冒頭のポンポンという音が電子ティンバレス。雨がしたたり落ちているような雰囲気を醸し出している。
この曲は、アンにとってもソウル・チャートで6位、ポップ・チャートでも38位を記録する大ヒットになり、多くのアーティストにも好まれ、カヴァーが生まれた。カヴァーはイギリスのエラプションがまもなく、1984年にはティナ・ターナーがカヴァー。
Eruption feat. Precious Wilson - I Can't Stand The Rain (Original Album Version)
I Can't Stand the Rain (2015 Remaster)
Tina Turner - I Can't Stand the Rain (Live from NEC, Birmingham, 1985)
Seal - I Can't Stand The Rain (Video) (2009)
そして、ミッシー・エリオットも「ザ・レイン(スパ・デュパ・フライ)」でサンプリングしている。
Missy "Misdemeanor" Elliott - The Rain (Supa Dupa Fly) [Lyrics]
これは、本当に名曲だ。ドン・ブライアントの金字塔といってもいいだろう。
~~~~

OBITUARY>Bryant, Don> 4.4.1942 – 12.26.2025, 83 year old
ここから先は
¥ 200
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
