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16丁目バプティスト教会爆破事件を歌ったキャンディ・ステイトンの「1963」~その内容


 
16丁目バプティスト教会爆破事件を歌ったキャンディ・ステイトンの「1963」~その内容
 
【Song Talked About 16th Street Baptist Church Bombing】
 
テロ。
 
木曜(2025年5月15日)放送の『AOR/Soul To Soul #161』で特集したキャンディ・ステイトンの約7年ぶりの新作。これまでに1970年代はじめから30枚以上のアルバムをだしているキャンディのおそらく、最後のアルバムとなるものではないかと噂されていたが、その中のもっともハイライトとなっている曲が、「1963」という作品だ。
 
番組でも、簡単な内容と訳詞をご紹介したが、もう少し説明したい。
 

https://www.fbi.gov/history/famous-cases/baptist-street-church-bombing

 

 
この16丁目バプティスト教会爆破事件は、キャンディもその「1963」の中で語っている通り、1963年9月15日の日曜日に起こった。
 
この頃というのは、いわゆるマーティン・ルーサー・キング牧師を筆頭に公民権運動が広まり、盛り上がりを見せていた時期。この黒人の運動に対し、急進的白人は反発し、黒人に対して無差別なテロ活動を行っていた。
 
これが起きたアラバマ州バーミングハムという街は、もともと大変人種差別が激しかった街のひとつで、いわゆる白人至上主義者の秘密結社、KKK(クー・クラックス・クラン)が暗躍していた。この事件までにも、黒人を狙ったテロなどを犯していた。
 
そんな中、この事件は日曜の教会でのサーヴィス時間を狙ったテロということで、その残虐ぶり極悪ぶりが大きく非難されることになった。
 
キャンディ・ステイトンがこの日、その爆破された教会ではないが、近くの教会で日曜のサーヴィスに参加していて、その爆破事件をきっかけに街が暴動化していく様子をこの曲に描いたが、これはまるで、キャンディ・ステイトンの目を通してのドキュメンタリーのようだ。
 
キャンディはこのとき、事実、23歳(1940年3月生まれ)で2人の子供を育てていた。
 
そして、それから62年後のいま、2025年に、1963年のあの事件に思いを馳せる、そして、いまだにその問題は解決していないところに、闇が横たわっている。
 
この事件の犯人4人は特定されたが、1963年当時は起訴さえされなかった。そして、何度かのやりとりで、事件から14年後の1977年、犯人の1人が第一級殺人罪で有罪になったが、残りの犯人は普通に生活していた。残る3人のうち2人には、2001年と2002年に終身刑が言い渡されたという。もう1人は1994年に死亡していた。終身刑の2人でも事件から40年近く経ってからのことだ。
 
いかに、この地域での人種差別問題が、長く放置されてきたかを如実に物語る。
 
そして、その日に近くの教会にいたキャンディ・ステイトンがこうした政治的、社旗的メッセージを持った強烈な一曲を、ひょっとしたら自身の最後のアルバムに収録したということは、彼女の最大のメッセージなのかもしれない。
 
そういう思いもあり、番組ではほぼ全部の歌詞を訳してご紹介した。
 
 
1963 Candi Staton (Lyric Video)

 
 
大意は次の通り。
 
1963 ~キャンディ・ステイトン
(大意)by soul searcher
 
神様、ご加護を
1963年9月15日、日曜の朝だった、1963年のあの日…
アラバマ州バーミングハムの教会のサーヴィスに参加していた
すると突然司祭が怒りに満ちた表情でドアから入ってきた
みんなが叫んでいた
早く、早く、立ち上がって、すぐここを出なさい、
大惨事が起こってる
16丁目バプティスト教会が爆破され
4人の少女たちが死んだ
人々はストリートに出て、暴動化している
あんな怒りに満ちた群衆を見たことはなかった
バーミングハムのダウンタウンへ
なんという悲惨な光景、あれは決して忘れられない
車がひっくり返され、レンガが窓に投げつけられる
恐ろしく、怖く、危険だった
神様、みな、走り、叫んでいた
 
安全な場所に身を置こうと
神の力を借り、人々が怪我無く無事でいられるようずっと祈りを捧げた
私は2人の小さな息子たちをしっかりと離さなかった
1963年、血塗られた日曜日、そのとき私は23歳、
 
4人の少女が命を落とした
小さなシンシア・ウエズリー
小さなキャロル・ロバートソン
小さなデニース・マクネア
小さなアディ・メイ・コリンズ
彼女たちは11歳から14歳
その日のうちに息絶えた
神様、ご加護を
1963年
この狂気はいつ終わるの?
私たちは自由になれるのかしら?
1963年にもういちど私たちは立ち返る
自由を叫び、平和を求め、そして勝利を祈る
神様、あなたに助けを求めます、平和と調和が来ますように
彼らはいまだに殺し合い、私たちの子供たちをひとりずつ
盗もう(殺そう)としている
私たちの心がわからないの?
私たちの痛みがわからないの?
私たちの哀しみがわからないの?
あなた方に絶対に忘れてほしくない
血塗られた日曜日
 
1963年
もうたくさん
私たちの子供を救って、子供たちを救って
子供たちにご加護を(ご慈悲を)
1963年
サンディ・フック(小学校乱射事件)はもうたくさん 
ユヴァルデ(学校乱射事件)はもうたくさん
イースト・ポイント(乱射事件)ももうたくさん
サウスサイド(高校での事件)ももうこりごり
 
なぜ私たちはこんなにも怒りに満ちているのか
なぜ子供たちは死ななければならない?
 
そこに愛はあるのか?
憎しみしか残らない
水が当たり前にあるように、正義があるべき
小川が流れるように、正義はあるべき
愛が本当に勝利を収めるまで、
闘いを続けよう
愛が勝つように
愛を勝たせて
いつか そんな遠くではないときに
愛は必ずいつか勝つ
1963年
あの1963年を繰り返すな
 
(大意)by soul searcher
 
 
1963 Candi Staton (Lyric Video)


amazon (digital download)

 
 
ENT>GREAT SONG STORY>1963
 

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