クリス・レアの「ドライヴィング・ホーム・フォー・クリスマス」秘話
クリス・レアの「ドライヴィング・ホーム・フォー・クリスマス」秘話
【Behind The Story Of “Driving Home For Christmas”】
オンエア。
今週木曜放送(2026.1.9)の『AOR / Soul To Soul』の追悼コーナーで、もうクリスマス時期に何度もあちこちのラジオでかかっていたクリス・レアの「ドライヴィング・ホーム・フォー・クリスマス」を遅ればせながらご紹介した。この曲の誕生秘話を紹介しようと思ったのだが、時間が足りなくてゆっくり詳しく話せなかったので、ここで少し追記しておきたい。
この曲には長いヒストリーがある。時系列にしてみていこう。
シンガー・ソングライターのクリス・レア(=
発音はリーア、4 March 1951 – 22 December 2025, age 74) は1970年代中期イギリスのレコード会社と契約していたが、そんな1978年のクリスマス時期のことだった。クリスのレコードはそれまであまり売れなかったために、レコード会社との契約が切れることになっていた。あるいはすでにきれていたか、再契約してもらえないというちょっと残念な状況だった。
とはいえ、そのレーベル最後のレコードとなるべく作品をロンドンの名門アビー・ロード・スタジオで録音していた。そのクリスマスの日、ロンドンでのレコーディングは終わったが、なんとレコード会社は当時クリスが住んでいたミドルズボローまでの交通費(電車の切符代)を払ってくれないことになり、クリスは当時の自宅まで帰れなくなってしまった。そこで彼は妻のジョアン・レズリーに車で迎えに来てくれないかと頼む。
(なお、クリスのアルバムでアビーロードで録音されたのは、1981年12月録音の4作目『クリス・レア』のようだ。もし、アビーロードが正しければ、1978年ではなく、1981年のクリスマスということになる)
ジョアンとクリスは彼らがまだミドルズボローの高校生同士だった十代からの付き合いで、ジョアンはオースティン・ミニを運転してロンドンまで迎えに行くことにした。
このミドルズボローとロンドンがどれくらい離れているかというとおよそ350-400キロも離れているのだ。電車では3時間強、車だと4-5時間だという。東京から静岡、逆だと仙台あたりくらいの距離感感覚だろうか。
彼らがどの時点で結婚したのかはわからないのだが、1968年頃(お互い17歳頃)に知り合い、以来付き合っていたとして、1978年(あるいは1981年)には結婚していたかもしれないが、一緒に住んでいても結婚はしていなかったかもしれない。なお、第一子の長女ジョセフィンは1983年、第二子二女のジュリアは1989年生まれだという。もしその時点で結婚していなくても、これだけの距離を迎えに来てくれたのであれば、それがきっかけで結婚にはずみがついたとしてもなんらおかしくはない。
そして、ロンドンからの帰り道、徐々に雪が降りだし、道路はかなりの混乱状態になっていった。だが、彼ら二人は、クリスマスにいま、まさに自宅に帰るためにドライヴしている、という暖かい気持ちでいっぱいだった。そして、車窓に外から入ってくる街灯の光が印象的だった。そして、そのフレーズ 自分たちはいま、Driving home for Christmas という事象が徐々に曲へ発展していく。のちにクリスは、この曲は『クリスマス・キャロル』の車ヴァージョンだと振り返る。クリスは、車が大好きな人物としても知られている。
当初は、これを書いた時点で、クリスはこれをヴァン・モリソンに歌ってもらおうと考えたという。ところが残念ながら、このデモ・テープはヴァンの元には届けられなかったようだ。
クリスはそもそも「クリスマス・ソング」を書こうなどとは思っていなかったという。あるときバンド仲間とちょっとした音出しの練習をしていると、そのとき即興でできたメロディーが、あの「ドライヴィング・ホーム・フォー・クリスマス」の歌詞にどんぴしゃに思えた。
そして、彼らはこの曲の第一ヴァージョンを録音、1986年のことだった。だが、これは彼の「ハロー・フレンド」という曲のシングル盤のB面に収録されて、この時点では陽の目をみなかった。
だが、その2年後、ストリングスをいれた第二ヴァージョンが録音され、彼のベスト・アルバム『ニュー・ライト・スルー・オールド・ウィンドーズ』内の新録2曲として収録された。そして、1988年11月、シングルとして発売された。しかし、チャート的にはそれほどの大ヒットにはならなかった。そのためもあってか、クリス本人はこの曲をライヴ・ステージで披露することはまったくなかった。
しかし、彼やレコード会社はこの曲に対してなんらプロモーション的なことはしなかったにもかかわらず、2007年頃からクリスマス時期になるとひんぱんにかかるようになった。2021年には、イギリスのポップチャートでトップ10入りさえ果たした。
1986年12月にはドイツのポップ音楽番組『トップ・ポップ』でビデオクリップが流れ、それから23年後の2009年には、多くの有名人がキャメオ出演するビデオが製作された。デジタル・ダウンロードからの収益金はチャリティーに寄付されたという。
じわじわと人気のでてきたこの曲だが、これが初めてライヴで披露されたのは、2014年12月20日、ハマースミス・オデオンでのコンサートにおいてだった。
その頃から、このクリスマス時期になるとスタッフから、これをライヴで歌ってくれるよう、リクエストがかなりつのっていたという。だが、クリスは「もし、どうしてもやるなら、徹底して完璧なものにしなければならない」として、そのときは大々的な演出を施して演奏した。
12台の雪製造機を準備し、曲の開始とともに、この人工雪のマシーンを稼働させた。すると、その騒音がうるさく、なかなか曲自体が聴きにくくなってしまったが、3フィート(約90センチ)の雪が会場に積もったという。観客は大いに喜んだようだったが、なんとクリスたちは会場からその雪の撤去費用として12000ポンド(1ポンド当時のレート180円として、約216万円)の請求書をつきつけられたという。
しかし、イギリスだけでこの曲は当時トリプル・プラチナムを記録、180万枚のセールスを打ち立てた。見事な大ヒットになった。
Driving Home For Christmas – Stacey Solomon
Chris Rea ~ Driving Home For Christmas (1986)
Chris Rea - Driving Home For Christmas (Official Lyric Video)
この曲はかなりいい金額の印税をもたらした。イギリスのサン誌によれば、同曲はクリスに年間約20万ポンド(1ポンド160円として3200万円)、リリース以来700万ポンド(約11億2千万円)がもたらされたと推計されるとしている。しかし、その金額以上に、400キロにおよぶ雪降るクリスマスの日の長時間ドライヴは彼らにとって生涯に残るすばらしい思い出となったことだろう。
The MINI story behind 'Driving Home For Christmas' with Chris Rea 2021.12.17
Chris Rea on 'Driving Home for Christmas' | The Story Behind 2019.10.29
ENT>GREAT SONG STORY>Driving Home For Christmas
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