AIさん、それ本当ですか?②――心理的安全性は、本当に仕事を良くするのか?
前回、AIが挙げたマネジメントの「原則」の一つを調べてみた。
「裁量を与えるが、放任しない」。
調べてみると、見出しの「裁量」という言葉には少し整理が必要だったものの、AIが本文で持ち出した「自律性支援」については、かなり研究の裏付けがあった。
ということで、第一回の判定は、
――本当でした。
では、次である。
AIが挙げた原則の中には、こんなものもあった。
反対意見・質問・失敗の報告を言える状態をつくる
いわゆる、心理的安全性の話である。
AIによれば、悪い知らせを持ってきた人が不利益を受けるような職場では、やがて悪い知らせそのものが上がってこなくなる。心理的安全性は、情報共有や学習などと関係する。
一方で、「何をしても怒られない」「成果を求めない」という意味ではなく、発言の安全性と仕事上の責任は両立させる必要がある――という。
うん。
いかにも聞いたことがある。
というより、心理的安全性という言葉自体を、もう何度聞いたか分からない。
noteで検索してみても、約1万件出てきた。
すっかりマネジメント界の大看板である。
しかし、改めて考えてみると、一つ分からないことがある。
そもそも、何が「安全」なんだ?
心理的安全性って、何が安全なの?
安全というからには、何か危険があるはずである。
ケガをしない?
怒鳴られない?
クビにならない?
失敗しても責任を問われない?
何を言っても許される?
調べてみると、どうもそういう意味ではなかった。
心理的安全性研究でよく引用されるAmy Edmondsonの1999年の論文では、チームの心理的安全性を、おおまかにいえば、
「このチームでは、対人的なリスクを取っても大丈夫だ」という、チームメンバーに共有された認識
としている。
ここでいう「対人的なリスク」というのがポイントらしい。
たとえば、
「分かりません」と言う。
助けを求める。
自分のミスを認める。
「それ、おかしくないですか」と異論を出す。
誰も気づいていない問題を指摘する。
こういう行動は、仕事のうえでは必要である。
しかし、人間関係として考えれば、少し怖い。
「そんなことも知らないのか」と思われるかもしれない。
能力が低いと思われるかもしれない。
面倒な奴だと思われるかもしれない。
上司の機嫌を損ねるかもしれない。
黙っていれば、とりあえず自分は傷つかずに済む。
心理的安全性というのは、どうやらこの「言ったら自分が損をするかもしれない」という危険の方を指しているらしい。
なるほど。
そう考えると、「安全」という言葉の意味が少し分かってきた。
心理的安全性が高いと何がいいの?
では、本当に良いことがあるのだろうか。
2017年、Frazierらは心理的安全性について、136の独立した標本、2万2000人以上、約5000グループをまとめたメタ分析を発表している。
心理的安全性は、仕事上のパフォーマンスや、役割を超えて周囲を助けるような行動などと関係しており、関連する他の要因を考慮したうえでも独自の関係が確認された。
研究の蓄積はかなりあるらしい。
なるほど。心理的安全性と、いくつかの望ましい結果が一緒に現れやすいことは分かった。
でも、そこでまたなんで?が引っかかる。
「安心できる職場だから、なんとなく仕事もうまくいく」では、さすがに説明にならない。
その間で、何が起きているのだろうか。
「安心」しただけで、なぜ仕事が良くなるのか
ここが今回、一番知りたかったところである。
心理的安全性が高い。
それだけで、急に仕事ができるようになるわけではないだろう。
能力が増えるわけでもない。
人員が増えるわけでもない。
設備が新しくなるわけでもない
では、何が途中で起きているのか?
この話は、心理的安全性研究のかなり初期から考えられていた。
Edmondsonの1999年の研究は、製造企業の51チームを調べて、
心理的安全性
→ 学習行動
→ チームのパフォーマンス
という関係を検討している。
ここでいう学習行動には、フィードバックを求める、助けを求める、実験する、失敗について話し合う、といった行動が含まれる。
結果として、心理的安全性は学習行動と関連し、さらに学習行動が心理的安全性とチーム成果との関係を媒介するという結果が得られた。
つまり、
「安心だから成果が出る」
ではない。もう少し途中がある。
怖くないから、分からないことを聞く。
失敗を隠さない。
異論を出す。
助けを求める。
そこで、それまで個人の頭の中や机の下にあった情報が表に出る。
チームで話せる。
修正できる。
学習できる。
その結果として、仕事が良くなる。
こういう筋道らしい。
これは、かなり納得できる。
たとえば、何か事故につながりそうな小さな異常に部下が気づいたとする。
「これ、ちょっと変じゃないですか」
と言ったとき、
「余計なこと言わなくていい」
と返される職場と、
「どこが気になった?」
と返される職場。
その一回だけなら、大した違いには見えないかもしれない。
しかし、これが繰り返されれば、
どちらの職場で悪い情報が早く上がってくるか
は、かなり想像しやすい。
AIが言っていた、
「悪い知らせを持ってきた人を罰すると、悪い知らせが上がらなくなる」
という話も、この辺りにつながっているのだろう。
その「なぜ」まで、本当に研究で確かめられているの?
ただし。
この連載ではここも見ることにしている。
もっともらしい「なぜ」を見つけて、
「なるほど、そういう仕組みなのか」
で終わると危ない。
その途中の矢印まで、本当に確認されているのか。
ということを。
1999年の研究は非常に有名だが、51チームを対象にしたフィールド研究である。
心理的安全性だけを実験的に操作して、
発言が増えた。
学習が増えた。
最後に成果まで上がった。
という因果の鎖を丸ごと実験したわけではない。
では、その後はどうなのか。
2025年に掲載されたMarlowとLacerenzaのメタ分析では、まず198の独立標本、1万5536チームをまとめ、心理的安全性とチーム学習との間に正の関係が確認されている。
さらに別の53標本、4468チームを使った分析では、
心理的安全性
→ チーム学習
→ パフォーマンスやイノベーション
という経路を含むモデルと整合する結果が得られている。
つまり、
心理的安全性によって、対人的リスクのある行動を取りやすくなり、それがチームの学習につながり、さらに成果へつながっていく
という説明は、単なる思いつきではない。
かなり研究が積み重なっている。
ただし、ここでも「矢印の順番が完全に因果として確定した」とまでは言わない方がいい。
メタ分析的な構造モデルがきれいにつながることと、現実世界でその因果の順番を実験的にすべて確認することは同じではない。
今回も、
「こういう仕組みで作用しているという説明には、かなり研究上の裏付けがある」
くらいが妥当そうである。
じゃあ、心理的安全性は高ければ高いほどいいの?
ここまで来ると、心理的安全性はかなり良さそうに見える。
では、どんどん高めればいいのだろうか?
ここで少し面白い研究が出てきた。
2023年、Eldor、Hodor、Cappelliは、心理的安全性とパフォーマンスの関係が、必ずしも単純な右肩上がりではないのではないかと調べている。
5つの研究を異なる職場や分析レベルで行った結果、特に定型的な業務のパフォーマンスについては、心理的安全性が中程度まではプラスに関係するものの、非常に高い水準ではパフォーマンスとの関係が低下するという結果が報告された。
さらに、チームのメンバーが自分たちの判断や行動に責任を負うというcollective accountability(集団的な責任)が高い場合、その低下が緩和された。
おや?
これは少し話が変わってくる。
心理的安全性を、
「高ければ高いほどいい数字」
のように考えるのも違うらしい。
もちろん、この研究だけで、
「心理的安全性は高すぎると悪い」
と一般化するのも早い。
研究が扱っているのは、とくに定型的な仕事のin-role performanceであり、創造性や学習が重要な仕事まで同じ形になるとは限らない。著者ら自身も、仕事の性質を境界条件として扱っている。
しかし、
心理的安全性には、責任や仕事上の基準も必要である
というAIの但し書きは、単なる精神論でもなさそうである。
「心理的安全性」と「ぬるい職場」は、やっぱり別だった
ところで、心理的安全性について調べると、よく見る図がある。
ざっくり言えば、心理的安全性と仕事上の基準・責任を別の軸として考える整理である。

一方の軸に心理的安全性。
もう一方に、アカウンタビリティや高い基準。
よく使われる整理では、
心理的安全性も基準も低い領域は「無気力」、
基準だけ高い領域は「不安」、
心理的安全性だけ高い領域は「快適」、
両方高い領域は「学習」といった形で説明される。
分かりやすい。
実際、「心理的安全性は、何をしても許されることではない」と説明するときには便利な図だと思う。
ただし、この図をそのまま「右上があらゆる職場で常に最適」と読んでしまうと、少し話がきれいすぎる。
そもそも心理的安全性は、何をしても許される状態を意味しない。対人的なリスクを伴う発言や行動を取りやすい状態のことである。だから、
「心理的安全性=ぬるい職場」ではない。
ここまではよい。
しかし、そこからさらに、
「心理的安全性が高く、仕事上の基準も高い状態こそが、あらゆる職場で最適である」
とまで言うには、もう一段確認が必要になる。
この有名な四象限が、そのまま普遍的な法則として大規模な実験で確定した、とまでは私は確認できなかった。
一方で、先ほどの2023年研究のように、心理的安全性と責任の組み合わせが重要になる条件を直接検討した研究は出てきている。
つまり、図の方向性にはそれなりの裏付けがある。
ただし、「右上こそ常に唯一の正解」まで言うと、世間で流通している説明の方が少しきれいすぎる。
管理職は何をすればいいの?
では、明日から「心理的安全性向上委員会」を発足すればよいのだろうか。
何もしないより、よっぽど良いことだとは思うが、たぶん違う。
研究上の定義に戻れば、大事なのは、
部下が、対人的なリスクを伴う発言や行動をしても大丈夫だと思えるか
である。
質問してきた。
失敗を報告してきた。
こちらと違う意見を言った。
「分かりません」と言った。
助けを求めてきた。
そのとき、こちらがどう反応するか。
「そんなことも分からないの?」
「なんで今まで黙ってたんだ」
「いや、もう決まってるから」
と返しておいて、
翌週の会議で、
「みんな、もっと心理的安全性を高めよう!」
と言っても、たぶん何も起きない。
結局、
何でも賛成してあげることではなく、必要なことを言ってきた人が、それを言ったこと自体では損をしないようにする。
という話なのだと思う。
意見を採用するかどうかは、また別である。
反対意見を安心して言えることと、その反対意見が毎回通ることは同じではない。
失敗を報告できることと、何度同じ失敗をしても責任を問われないことも同じではない。
ここを分けて考えると、心理的安全性という言葉も、少し扱いやすくなった気がする。
そしてまた思う。
まあ、これも普通の話ではある。
悪い知らせを持ってきた人間を怒鳴りつけていたら、そのうち誰も悪い知らせを持ってこなくなる。
言われてみれば当たり前である。
ただ、
その「当たり前」が、なぜ学習や成果につながるのか。その途中まで研究されている。
AIさん、それ本当ですか?
さて、第二回の査定である。
AIは、
反対意見・質問・失敗の報告を言える状態をつくる。
心理的安全性は情報共有や学習などと関係する。
しかし「何をしても怒られない」「成果を求めない」という意味ではなく、発言の安全性と仕事上の責任は両立させる必要がある。
という趣旨のことを言った。
調べた結果。
本当でした。
少なくとも、心理的安全性が職場での学習行動や仕事上の成果と関係するという中心部分には、かなりの研究蓄積がある。
そして、
なぜ?
についても、
心理的安全性があることで、質問、失敗報告、助けを求めることなどの対人的リスクを伴う行動を取りやすくなり、それがチームの学習を促す。
という筋道には、かなり研究上の裏付けがあった。
一方で、心理的安全性を高めさえすれば何でも良くなる、という話ではない。仕事の性質によっては、非常に高い心理的安全性とパフォーマンスとの関係が弱くなる可能性も報告されている。そして、そのとき責任の共有が重要になるという研究もあった。
もっとも、AI自身は、
「心理的安全性は高ければ高いほどいい」
とは言っていない。
むしろ最初から、仕事上の責任との両立を言っている。
またしても、こちらが勝手に話を大きくしない方がよさそうである。
ということで、
AIさん、それ本当ですか?
――本当でした。
ただ今回、一番印象に残ったのは「心理的安全性は大事」という結論ではなかった。
何が安全なのか。
そこだった。
人間関係で損をする怖さから、質問や失敗報告を黙ってしまわなくて済む。
すると、悪い情報が早く表に出る。
話し合える。
直せる。
学習できる。
その結果として、仕事が良くなる。
心理的安全性という一万回くらい見た気がする言葉も、途中の仕組みまで見ると、ようやく少し中身が分かった気がする。
今回、主に参照した文献
Edmondson, A. C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383. DOI: 10.2307/2666999.
Frazier, M. L., Fainshmidt, S., Klinger, R. L., Pezeshkan, A., & Vracheva, V. (2017). Psychological Safety: A Meta-Analytic Review and Extension. Personnel Psychology, 70, 113–165. DOI: 10.1111/peps.12183.
Eldor, L., Hodor, M., & Cappelli, P. (2023). The limits of psychological safety: Nonlinear relationships with performance. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 177, 104255. DOI: 10.1016/j.obhdp.2023.104255.
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