曼珠と妖怪ネロハーの祈り:ショートショート
母は一年でたった一度、幸手権現堂の秋祭りの間にしか帰ってこなかった。
長男の和人は、その日を心待ちにしながら、祖父母と畑仕事をこなし、幼い弟たちの面倒を見ていた。
母は、祭りになると僕たちを曼珠沙華の群れに連れていき、峠の茶屋で甘いお菓子を買ってくれた。
曼珠沙華の花が散り、祭り後の花火が終わるころ、和人は母の膝の上で泣いた。
「行かないで、まだお祭りは終わっていない」
「嫌だ、寝ない」
「嫌なことは遅く過ぎるのに、楽しいことは速く過ぎる。不公平だ」
母はいつも悲しそうに頭を撫でてくれた。
いつのまにか眠ってしまい、朝になると母はおらず、また出稼ぎに行っていた。
◇
その年、母から「体調がすぐれないので、今年の秋祭りには帰省できない」と便りが届いた。
<その頃、町では鬼の噂が広がっていた。空に浮かび、飛び回るという>
意気消沈した和人は、妖怪を捕まえてやろうと躍起になった。
秋の寒さを感じる夜遅く、屋根裏で待っていると、「ネロハー」と不気味な声を上げる一つ目の鬼を見つけた。
「捕まえて、退治してやる!」
和人が鬼を追っていくと、幸手権現堂の赤い曼珠沙華の群れの中へすっと消えていった。
「曼珠沙華の化身だったのか」
雲の間から月が顔を出し、曼珠沙華の絨毯の中で、ひときわ輝き燃える様な赤い一輪を照らした。
「あれが鬼の親玉か」
和人がその曼珠沙華を引き抜こうとした時、周りの曼珠沙華が一斉に歌い出した。
お前はひとつの花弁を見て、 その影に心を閉ざす。
だが、我らには見えている、 お前を待つ、幾千もの目。
「なんだ、これは……?」
ひときわ赤い曼珠沙華が語り出した。
「私は曼珠沙華の長男だ。お前と同じ」
「同じって?」
「私は弟たちと共に美しく咲く花。しかしお前は母を恨み、兄弟を恨み、逃げ出して鬼となったのだろう?」
和人は自分の体を見た。いつのまにか一つ目となり、鬼と化していた。
怒りが体中から込み上げてくる。
母からの便りが届いたあの日、心に浮かんだ言葉があふれ出した
「俺は長男だから辛抱させられた!幼い弟の世話に貧しい日々。それでも会える日だけが楽しみだった。母さんは別れの日に『ネロハー(早く寝ろ)』と俺を眠らせる。本当は俺が邪魔なんだよ!だからもう来ないんだよ!」
ー-曼珠沙華の長男は静かに、和人の言葉を受け止めたー
「思いは花に宿る。母の祈りが、お前をここに呼んだのだ」
曼珠沙華たちが再び歌い出した。
―ネロハー ネロハー
母の声は祈りの歌
悲しい思いはしたくない
大きくなれ 強くなれ
会う日が楽しみ
皆のために咲く花となれ
深く美しい赤となれ
「ネロハー、ネロハー……」
あれは叱責ではなかった。別れが悲しくて、眠っていてほしいと願った声、「早く寝て強くなり、家族を守れ」という母の祈りだったのだ。
和人は意識が無くなった。目を覚ますと、燃える様に赤い曼珠沙華の絨毯の中で横たわっていた。空には幸手権現堂秋祭りの終焉を彩る花火が打ちあがっていた。
和人は両目の涙を拭い、「はやく帰って、弟達のごはんを作ってあげなくちゃ」と足早に小道を駆け抜けた。
◇
<今年も秋祭りが始まった>
「兄さん、手伝いに来たよ。これから祭りの準備しないとね」
「お兄ちゃん、これ差し入れのお弁当。たくさん作ってきたのよ」
「母さんは?」
みんなが集まると、和人は笑った。
「こっちに住むようになって、元気であちこち散歩してるよ」
あぁ、変わらない。
曼珠沙華が揺れる秋祭りは、今年も家族を結びつけていた。
──その夜。
祭りで興奮して眠れない和人の子が、布団の中でもぞもぞしている。
和人は、そっと頭を撫でた。
「ネロハー、ネロハー」
月夜に照らされ、ひときわ鮮やかな曼珠沙華は、微笑んでいるかのように夜風に揺れていた。
【#幸手権現堂秋祭り】:「幸手市・権現堂・秋」を題材にした自由創作作
コラボ企画で第2段があったので、乗りかかった船ということで、おかわりの応援をさせて頂きます。
幸手市周辺には、その昔「ネロハー」という妖怪がいたようです。幸手市では現在、この「ネロハー」を生成AIで作っちゃおう!というイベントも行ってるようですね。
私は妖怪モノのショートショートを書くのは初めてですが、これを機会に書いてみました。
PJ『PJ』作詞作曲/プロデューサーさん
応援しております。
日向日影@文化系物書きVtuberさんの応募企画
日向日影@文化系物書きVtuberさん はじめして!
「ことのはうごく」は綺麗な言葉ですね!
今回応募の企画第2弾ということで人気ぶりが伺えます。
今回は「浮かぶ」がテーマでしたので、幸手権現堂を舞台にした、ふと考えてしまった、浮かんだ言葉が物語のきっかけとなるショートショーを書きました。
投稿企画が盛り上がることを心からお祈り申し上げます。
