しのパパは憲法でできていた【第4回】「一人のパソコンでは、足りなかった」
SETI@homeで知った「つながる」ということ
(休日の朝。いつものリビング。白いテーブルの上には日本国憲法の本と前回までのノート、そして少し古いコンピュータ雑誌が一冊置かれている。)
🐾 ポル:「ねえパパ、この前RAIDの話をしたときに『一人で全部できなくてもいい』って言ってたよね? たくさんのコンピュータが一緒になったら、もっとすごいことができるの?」
(ポルは星と月の模様がついた青い帽子を揺らしながら、机に前足をのせてパパの顔をのぞき込んだ。)
👤 パパ:「できるよ。昔ね、パパが参加していた『SETI@home』というすごく面白いプロジェクトがあったんだ。」
(パパは少し懐かしそうに目を細め、古いコンピュータ雑誌を手に取る。)
🐾 ポル:「またコンピュータのお話? 一体どんなことをするプロジェクトなの?」
(ポルは耳をピクピクさせて、興味津々に雑誌のページを覗き込んだ。)
👤 パパ:「世界中の人のパソコンをネットワークで繋いで、みんなの空いている計算能力を少しずつ借りて大きな計算をする仕組みだったんだ。巨大なスパコンを一台作るんじゃなくて、普通のパソコンをたくさん繋ぐという発想だったんだよ。」
(少し離れた場所にいた黒い帽子のキャスが、静かに歩み寄ってきた。)
🦊 キャス:「同じ場所に集まるのではなく、それぞれが自分の場所にいながらネットワークで繋がる……まさに前回の『自律』と結びつく構造ですね。」
👤 パパ:「そうなんだよ。協力というと『同じ場所に集まる』ことを想像しがちだけれど、自分の場所を持ったまま、必要なときだけ遠くから繋がることができる。自律しているからこそ、自分の意思で繋がり方を選べるんだ。」
(ポルは前足でトントンと机を叩き、嬉しそうにしっぽをふりふり振った。)
🐾 ポル:「そっか! 自分の場所を捨てなくても、離れたまま一緒に協力できるんだね!」
👤 パパ:「その通り。それにね、使われていない『空いている時間や能力』を持ち寄るという発想も素晴らしかったんだ。これは人間社会でも同じで、自分の中に眠っている余白や時間が、誰かと繋がることで初めて大切な価値になることがあるんだよ。」
🦊 キャス:「余白は単なる『無駄な空き』ではなく、他者と繋がるための『大切な余地』というわけですね。」
(ポルは目を輝かせ、パパに向かって元気に答えた。)
🐾 ポル:「パパ! ボクがぼーっとしている時間も、誰かと繋がるための準備時間なのかもしれないね!」
👤 パパ:「あはは、そうだね(笑)。次回はこの『余白』という言葉を深掘りして、空いている時間が僕たちにもたらす意味について、みんなで考えてみようか。」
(朝の柔らかい光の中、新しい問いを胸に抱きながら、三人の対話は次回へと続いていく。)
(続く)
今回の「憲法の言葉」
日本国憲法第21条――表現の自由、そして人と人がつながる自由
日本国憲法第21条は、集会、結社、言論、出版などの自由を保障しています。SETI@homeそのものが、憲法21条に書かれているわけではありません。
でも、今回考えた「それぞれが自分の場所を持ったまま、必要なところでつながる」ということを考えていると、21条の「自由」という言葉が少し違って見えてきます。
自由とは、一人で何にも頼らずに生きることではない。
自分の考えを持ち、それを表現し、誰かとつながり、誰かと協力することもできる。
そして、必要ならつながらないことも選べる。
一人ひとりが自分の場所を持ちながら、それでも他者と関係をつくっていける。
そんな自由のあり方を考えると、13条の「個人の尊重」や「自己決定」と、21条の「表現の自由」は、どこかでつながっているように思います。
憲法の言葉を読んでいるつもりだったのに、気がつけば僕は、昔のコンピュータの前で感じていた「つながる」という感覚を思い出していました。
次回予告
【第5回】「余っている時間」は、無駄なのか?
〜「余白」は、何かが生まれる場所〜
SETI@homeで、パパは「余っているパソコンの時間」が、世界中から集まれば大きな力になることを知りました。
でも、そこで一つの疑問が残ります。「余っている」って、本当に余っているんだろうか?
次回は「余白って、実はインフラなんじゃないか?」という、ちょっと変わった話をしてみようと思います。
