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【短編小説】ガール・ミーツ・ボーイ

 むかしむかし……ではなく、つい最近の出来事です。
「映画みたいな恋がしたい」
 本気でそう願っている女の子がいました。
 そもそもが「映画みたい」という漠然とした希望でしたので、何一つ明確なイメージは定まっていません。当人としては、『ローマの休日』のような初々しいラブストーリーであろうと、『花様年華』を地で行く大人の駆け引きであろうと、どのような恋愛でもかまわなかったのです。要は、
「映画みたいな恋がしたい」
 ただそれだけだったのですから。

 あるとき、女の子は星占いで、
「西へ向かいなさい」
 と勧める恋愛運を読みました。
 女の子はベランダから根岸湾を望むことのできる古びたマンションに暮らしていました。そこから西となると、これまた非常に漠然としていて、どこを目指すのがベストなのか手がかりは皆無です。
 富士山?
 九州?
 それともいっそパリとか?
 いろいろ考えた末、女の子はついに、
「こういうことは神さまに頼るのがよい」
 との結論を得ました。神さま、すなわち神社です。
 もちろん星占いと神社ではルーツもご利益もまったく異なります。混ぜるな危険、かどうかは断言できませんが、なるべく別々のものとして取り扱った方がよさそうな感じはします。でも、女の子は、そういったことにあまり頓着しない性格だったんですね。女の子は三月の末日生まれ。目的達成のためには考えるよりもまず行動のおひつじ座でした。

 女の子は新横浜駅で一人、新幹線のぞみ号に乗車しました。
 考えてみれば、一人きりで新幹線に乗るのはこれが初めてでした。
 幼いころ、両親と一緒に熱海の温泉ホテルに海水浴とセットで遊びに行った覚えがあります。
 修学旅行で同級生たちと新大阪まで乗ったことも。
 けれど一人は初めてでした。女の子は内心びくびくしながら自動改札を通り抜け、エスカレーターを使ってホームに上がると、首を亀みたいに上着の奥に引っ込めて、電車が到着するのを待ちました。風が冷たく感じられる、ちょっぴりさみしい十一月でした。
 女の子は京都駅で新幹線を下車しました。予定していたとおりです。屋根の上には澄み渡った青空が広がっています。綿飴に似た真ん丸い雲がぽつりぽつり。どうやら西に向かっているあいだに、寒気はすっかり遠ざかってくれた様子。安心した女の子は、脱いだ上着を丁寧に畳んで背中のリュックに仕舞いました。リュックには、途中でのどが渇いても困らないよう、ミネラルウォーターのペットボトルが入っています。どこかでお昼ごはんを食べようと、自分で握ったおにぎりも。
 それにしても京都駅はものすごい人だかり。どちらに向かえばよいか途方に暮れた女の子は、あっちこっち歩き回った挙げ句、ようやく制服姿の駅員さんを見つけて案内を請いました。すると、若くて親切そうな駅員さんは、女の子の手を引いて、わざわざ奈良線の乗り場まで連れて行ってくれたではありませんか。お礼を言おうと唇をモゴモゴさせている女の子に、ニコッと微笑んだ駅員さんが噛んで含める調子で伝えます。
 電車に乗ったら二つ目の駅で降りるんですよ。もしも道に迷ったら、慌てずに来た道をまっすぐ戻るんですよ。

 女の子は駅員さんの教えに従い二つ目の駅で降りました。
 駅前には、これまた信じられない数の人、人、人。どの人も皆、同じ方角に向かってぞろぞろ歩いて行きます。
 西洋の見た目の人。アジアの国の言葉を喋る人。夏はとっくに終わったのに半袖半ズボンの人。よく見ると狐にそっくりな顔つきの人。そう、これから向かうのはとても有名なお稲荷さまです。ありとあらゆる願いを叶えてくださる狐の神さま。
 女の子は人波に揉まれつつ、爪先上がりの参道をゆっくりとした足取りで、一歩一歩登って行きました。女の子は速足で歩くのが苦手です。他人を強引に押しのけるのも。兎も角ここは無理をせず、流れに乗って進めばいい。神さまだってきっとお力添えくださるはず。その言葉を胸のうちでお守りのようにくり返すうち、ひと際立派な朱塗りの門が近づいてきました。
 女の子は、境内にまします大小のお社の前で必ず立ち止まっては、柏手を打って拝みました。お社はいくつもいくつもあったので、とても時間がかかるうえに、両手の掌がだんだんと痛痒くなってきます。どのお社がどういういわれの神さまで、どういったご加護をもたらしてくださるのかもわかりません。
 それでも女の子は、同じお願いを飽きずに念じながら、広い境内を奥へと進みました。
「映画みたいな恋ができますように」
「映画みたいな恋ができますように」
 やがて、トンネルのように並ぶ無数の鳥居に出くわしたとき、女の子は思いました。
「あっ、これこれ! この景色は前に見たことがある!」
 テレビかな。それとも雑誌だったかな。いつかは思い出せないけれど、誰かと一緒にお参りに来たんだっけかなあ。
 女の子は一所懸命、昔の記憶をたぐり寄せようと試みます。ですが、薄い霞のような何かが頭の中の肝心な部分をおおい隠してしまって、どう頑張ってもつかまえることができないのです。
 思い出せない……どういうわけだか、最近、思い出せないことばっかり。
 溜め息をつきながら鳥居のトンネルをくぐります。朱色のトンネルは行きと帰りの二手に分かれていて、女の子は行きのトンネルをくぐり終えたあと、それがとても愉快に感じられたものですから、すぐに帰りのトンネルにとび込んで、ほかの大勢の人たちと元いた場所まで戻りました。さらに行きのトンネル、帰りのトンネル、行きのトンネル、帰りのトンネル……。

「ヘイ、ガー」
 突然、男の人の声がしました。
 どうやら女の子に向かって話しかけているみたいです。冷蔵庫に丸太が四本生えたような体格の男性が、よく聞き取れない早口でベラベラッと喋りました。女の子は呆気にとられました。すると、脇から現れた別の男性が、
「さっきから見てるけど、どうして何度も千本鳥居に出たり入ったりしているんだ? 何かのおまじない? きみはどっからきたの? ちゃんとお金持ってる? クレカは? ねえ、お嬢ちゃん。って言ってるよ」
 と笑うのでした。女の子は驚いて、小柄な身体をいっそう小さく丸めました。
 この人は日本人?
 さっきの人はアメリカ人?
 これってまさか、神さまにお願いした恋の始まり?
 でも、こんなふうに押しつけがましく迫ってくる男の人、こわい。嫌い。
 お父さんとはぜんぜん違う。
 あれ? お父さん?
 お父さんって、いったい誰だったっけ。


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