子供の死が生み出す心の闇と落とし穴 『隣人たち』
子供を失った悲しみは、人の心をどこまで変えてしまうのか。仲の良かった隣人同士が、事故を境に互いへの疑念を募らせ、少しずつ破滅へ向かっていく。
緊張感あふれる心理戦の裏で浮かび上がるのは、1960年代の専業主婦が抱えた閉塞感と孤立だ。理屈では説明しきれない母性や直感、喪失感が生み出す心の闇を丹念に描き、人間心理の危うさを静かにえぐるサスペンスとなっている。

■あらすじ
1960年代のアメリカ。郊外の高級住宅地に住むアリスとセリーヌは、家族ぐるみの付き合いをしている親友同士。ふたりは互いの年齢も近く、子供も同い年。互いに合鍵を渡して頻繁に家を行き来し、長年親しんできた姉妹か幼なじみのように仲が良かった。
だがその関係は、ある大きな事件によって変わってしまう。セリーヌの息子マックスが、ふたりの目の前で事故死したのだ。ふたりは彼の死にそれぞれ責任を感じて塞ぎ込む。傷心のセリーヌは少しずつ家から出てくるようになったが、それと同時にアリスの心にはひとつの疑念が浮かぶ。
セリーヌは息子の死について、自分を恨んでいるのではないか? 自分があと少し早く気づいて現場に駆けつけていたら、マックスは死なずに済んだだろう。セリーヌはそのことを恨んで、それを自分の息子テオにぶつけようとしているのではないか?
一度心に浮かんだ疑念は、何度打ち消してもなかなか消えようとしないのだ。
■感想・レビュー
2018年のベルギー映画『母親たち』(日本未公開)を、ジェシカ・チャステインとアン・ハサウェイ主演でリメイクしたサスペンス映画。
物語は1960年代のアメリカのどこかだが、劇中の台詞でケネディ大統領の妻ジャッキーの妊娠が語られていることから、これが1963年頃の話だとわかる。世間話として語られているこのエピソードだが、その後に生まれた男児パトリック・ブーブェイ・ケネディは生後数日で死亡する。「子供の死」は、この物語を最初から支配しているのだ。
無二の親友のような隣家の主婦同士の関係が、みるみるうちに崩壊して行く様子は見ていてハラハラする。しかし一方で、中産階級家庭で専業主婦が子育てをしていて、妻が働きに出ようとすると夫が「自分に十分な収入がある。みっともないからよせ」と止めるあたりに時代の違いを感じる。
これは1970年代ぐらいまで、日本でも見られる風景だった。何を隠そう、自分の家がそうだったのだ。この映画を観ると、それは海外でも同じだったことがわかる。
そのせいかもしれないが、僕にはこの物語が「専業主婦の閉塞感」を描いているように思えてならない。家の中に閉じこもっているから、いろいろと良からぬことを考える。妄想も広がる。自分の見たもの、自分の聞いたことを相対化できないまま、自分の中で絶対化して、自分の妄想に拘束されてしまう。
原作になった映画のタイトルは『Duelles(対決)』だが、本作はその英題である『Mothers' Instinct(母性本能)』が原題になっている。それを『隣人たち』という邦題にしたのは、原作映画を2020年の「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」で取り上げた際に『母親たち』と題したことの影響かもしれない。
理屈で考えると辻褄が合わないところやわかりにくい点もあるが、この映画が描こうとしているのは理性を越えた「本能」や「直感」の世界なのだ。
(原題:Mothers' Instinct)
YEBISU GARDEN CINEMA(1スクリーン)にて
配給:ギャガ
2024年|1時間34分|アメリカ・ベルギー・フランス・イギリス|カラー
公式HP:https://gaga.ne.jp/rinjin/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt13397574/
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