見出し画像

主人公は何を喪失したのか? 『ルックバック』

藤本タツキの同名マンガを是枝裕和監督が実写映画化。原作にもアニメ版にもあった「喪失の物語」という骨格を、実写版は藤野と京本が過ごした青春の物語として鮮やかに浮かび上がらせる。
京本と共に「何者か」になろうともがいていた藤野は、プロのマンガ家になったことで、いつしか青春の時間から抜け出していた。故郷の美しい風景の中で輝くふたりの時間と、東京でひとり仕事に向き合う藤野。その対比が切なく胸に迫る。

2026年9月11日(金)公開 全国ロードショー

■あらすじ

 学年新聞で4コマ漫画の連載をしている小学校4年生の藤野は、担任教師に言われて連載の一枠を隣のクラスの不登校児・京本に譲ることになった。だが配布された学年新聞を見て、藤野は驚愕する。京本の絵が驚異的に上手いことは、誰の目にも明らかだったからだ。

 自分より絵が上手い小学4年生がいるなんて許せない! 負けず嫌いな藤野は美術指導書を読んでデッサンの猛勉強を始め、寝食を忘れて絵の練習に励む。絵はめきめき上達。

 だが学年新聞に次に掲載された京本のマンガを見て、藤野の心は折れた。京本は自分より、さらにずっと先に進んでいたからだ。

 卒業式の日、担任に言われて京本の家まで卒業証書を届けた藤野は、そこで京本本人と出会う。彼女は長年、藤野のマンガの大ファンだったという。

「どうして学年新聞の連載やめちゃったんですか?」
「じつは投稿用作品の準備中なんだ」

 藤野は京本と一緒に、投稿作品の原稿を作ることになった……。

■感想・レビュー

 2021年にマンガ配信サイトで発表されるや大評判となり、2024年にはアニメーション映画も作られた藤本タツキの同名マンガを、是枝裕和監督が実写映画化した。

 これは「喪失の物語」だ。それに異論をとなえる人はあまりいないと思う。では主人公は何を失ったのか? 僕はここで失われたのは「青春そのもの」だと思う。

 今回の映画で付加されたシーンに、仕事部屋での藤野の姿がある。雑誌での新連載が始まり、東京に仕事場を構え、大勢のスタッフに囲まれて作業を進める藤野。その日の仕事を終えて飲みに行くスタッフを、藤野は「あまり飲み過ぎないようにね」と見送る。

 なぜ藤野は一緒に出かけないのだろう? ひょっとするとこのシーンの段階で、藤野はまだ酒が飲めない未成年なのかもしれない。彼女は高校卒業と同時に新連載が決まり、酒が飲める年齢のアシスタントたちと一緒に働いているのだ。

 僕は青春映画を、「まだ何者でもない人間が、何者かになろうとしてもがく物語」と定義している。藤野にとっての青春は、京本とふたりでマンガを描き、読み切り短編を描いていた時期なのだと思う。その頃の藤野は、まだ「何者でもない人間」だった。

 だが東京で働いている藤野は、プロのマンガ家だ。年齢は若いが、既に何者かになっている。彼女は、青春を抜け出した人間なのだ。一方で同じ青春を過ごしてきた京本は、美大でまだもがいている。彼女は、まだ青春の只中にいる。

 藤野にとって京本は、自分が置き去りにしてきた青春の姿そのものだった。だからこそ幻影として見る「もうひとつの結末」の中で、藤野は自分自身もまた「何者でもない人間」に戻らねばならなかった。何者かになろうとして、もがく人間にならねばならなかった。

 藤野と京本の青春が、故郷の美しい田園風景の中で輝いていればいるほど、東京で一人戦う藤野の姿が痛ましい。藤野は京本の姿を追いながら、今後もひとり戦い続けていく。

ユナイテッド・シネマ豊洲(12スクリーン)にて
配給:K2 Pictures
2026年|1時間39分|日本|カラー
公式HP:https://k2pic.com/film/lb/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt39094466/

いいなと思ったら応援しよう!

服部 弘一郎/映画批評家 よろしければ応援お願いします! いただいたチップは映画代や書籍代に使わせていただきます!

この記事が参加している募集