街が丸ごと恐竜時代にタイムスリップ! 『オークストリートの異変』
1982年夏、郊外の住宅街が突然、恐竜たちの闊歩する太古の世界に取り囲まれる。危機の中でバラバラになりかけた一家は、行方不明になった息子を探して危険な街へ飛び出していく。
設定だけならSFパニック映画だが、全編に『E.T.』『ジョーズ』『未知との遭遇』などスピルバーグ作品の面影が濃厚。巧みなパスティーシュを楽しめる一方、それがあまりに前面に出るため、本作固有の面白さが見えにくくなっている。

■あらすじ
1982年7月。郊外の住宅街に家族4人で暮らすプラット家だが、夫婦関係は険悪なものになりかけていた。思春期の娘と息子は、そんな両親を悲しい目で見守ることしかできない。
静かな波風が立つ一家にとって、街で起きていたさまざまな異変も日常の中の小さな珍事でしかなかった。だが家族の日常は、突然終わってしまう。街の周囲が、恐竜時代の世界に変わってしまったのだ。
住宅街の中に、太古の巨大生物たちが侵入してくる。あちこちで、街の住民たちが犠牲になる。
とりあえず家の窓を塞ぎ、外敵の侵入は防いだ。「このまま助けを待とう」と言う夫と、「助けなんてこない。なんとかサバイバルしなければ」と言う妻。この非常時になっても、夫婦の気持ちはすれ違いだ。
だがそんな中で、家の中から息子が姿を消す。異変の中で行方不明になった犬を探して、外に飛び出したのだ。夫婦と娘は、息子を探して危険な街に出て行くことになったのだが……。
■感想・レビュー
この映画を一言で言えば、「スピルバーグ映画のよくできたパスティーシュ(作風模写)」になると思う。映画のあちこちに、さまざまなスピルバーグ映画の名場面が形を変えてちりばめられている。僕のようにスピルバーグの映画で育った世代だと、「この場面はこの映画」「あのシーンはあの映画で観た」と、元ネタになった映画タイトルを何本もあげられると思う。
製作にはJ・J・エイブラムスの名があるが、彼の『SUPER8/スーパーエイト』(2011)を観たときにも同じような印象を持ったことを思い出す。『オークストリートの異変』にあるのは、『ジョーズ』(1975)、『未知との遭遇』(1977)、『E.T.』(1982)などの、ほとんど引用とすら思えるような痕跡だ。もちろん、恐竜などが登場すれば『ジュラシック・パーク』(1993)になる。
映画の舞台は1982年7月だが、この直前の6月に公開されたのがスピルバーグの『E.T.』だった。前思春期の子供たち。両親の離婚。夜中の異変。未知の生物の来訪。テレビの洋画劇場。子供たちの自転車チェイス。ピザの配達。こうした多くの場面や設定が、『E.T.』から『オークストリートの異変』に引き継がれている。
この映画固有の面白さやユニークさも、もちろんあるとは思う。しかし僕にとってはスピルバーグ映画の引用に目が向きすぎて、それ以外の面白さは二の次になってしまった。あまりスピルバーグ映画を観ていない人が、この映画を観ても面白いんだろうか? 面白いの?
映画の最後は、スピルバーグよりむしろ藤子・F・不二雄的なオチだ。このオチはきれいにはまって「ああなるほど!」と思わせる。だがその後のエピローグを見ていると、新たな謎が次々に生じてきてしまうのだ。
この謎や疑問について書くと、ネタバレもいいところなので書くことは避ける。しかし機会があれば、この映画を観た人と話してみたいテーマだ。
(原題:The End of Oak Street)
109シネマズ木場(シアター7)にて
配給:東和ピクチャーズ、東宝
2026年|1時間40分|アメリカ|カラー
公式HP:https://oak-street.jp/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt27165187/
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