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変えられる?「運命」と「宿命」の違い

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〜10月6日 10:00



1. 「運命」と「宿命」、なんとなく同じ意味で使っていませんか?

この章でわかること:この記事を読み終えたときに、あなたの中で何が変わるか。
占いの結果を見ているとき、「これって運命なのかな」「宿命だから仕方ないのかな」と、なんとなく同じような気持ちで使っていませんか。
わたしも長いあいだ、そうでした。
四柱推命の結果を見ても、宿曜のアプリを開いても、出てくる言葉は「運命」だったり「宿命」だったりします。でも、その2つがどう違うのかを、立ち止まって考えたことはありませんでした。
なんとなく分かった気になって、なんとなく使う。
そのままでも、日常生活で困ることはありません。占いを楽しむのに、辞書的な正しさは必要ないからです。
ただ、この2つの言葉の違いをちゃんと知っておくと、占いの結果を読んだときに「ここは変えられない部分の話をしているんだな」「ここは自分の行動で変わっていく部分の話をしているんだな」と、切り分けて受け止められるようになります。
これは、占いに振り回されないための、小さいけれど大事な軸になります。
この記事では、辞書的な意味の違いから始めて、四柱推命の陰陽五行説、仏教の考え方まで、少しずつ角度を変えながら「運命」と「宿命」を見ていきます。
途中で、わたし自身が「運命は決まっている」と考えるようになった、ちょっと個人的な話もお伝えします。
読み終える頃には、「運命」「宿命」という言葉を、以前よりも落ち着いた気持ちで扱えるようになっているはずです。そして最後には、今つらいと感じている出来事についても、少しだけ違う景色が見えてくると思います。
それでは、まず基本の意味の違いから見ていきましょう。

2. 辞書を開くとわかる、ふたつの言葉の本当の違い

この章でわかること:「宿命」と「運命」、辞書的にはどう違うのか。
結論から言うと、違いはとてもシンプルです。
宿命は、生まれる前から決まっていて、自分では変えられないもの。
運命は、生まれたあとの行動によって、変わっていくもの。
この2つを、もう少し丁寧に見ていきます。

「宿命」の宿は「前世から」という意味

「宿命」の「宿」という漢字には、「前世から」という意味が込められていると言われています。
生まれた瞬間にすでに決まっていて、本人がどう頑張っても変えられないもの。それが宿命です。
たとえば、どんな家に生まれたか。どんな身体的な特徴を持って生まれたか。何年何月何日の何時に生まれたか。
これらは、生まれたあとにどれだけ努力しても、書き換えることができません。だからこそ「宿命」と呼ばれます。

「運命」の運は「巡り合わせ」という意味

一方、「運命」の「運」には、「巡り合わせ」という意味があります。
こちらは、本人の意志とは関係なく巡ってくる出来事であると同時に、日々の行動や選択の積み重ねによって、変わっていく可能性を持つものでもあります。
同じ状況からスタートしても、そのあとどう動くかによって、たどり着く場所が変わっていく。それが運命です。

「宿命のライバル」と「運命の出会い」で見る使い分け

言葉の感覚は、実際の使われ方を見るとよく分かります。
「宿命のライバル」というとき、そこには「もう、前世から決まっていたかのように、避けられない相手」というニュアンスがあります。
一方で「運命の出会い」というときは、「いくつもの偶然が重なって、巡り合った」というニュアンスです。同じ「決まっていたような感じ」でも、動かしようのない宿命と、偶然が積み重なって形になった運命とでは、手触りが少し違います。
ちなみに、「運命」という言葉は「宿命」を含んだ、もう少し広い言葉として使われることが多いです。変えられない宿命の部分も含めて、人生全体の流れを指すときに「運命」という言葉が使われる、というイメージを持っておくと分かりやすいと思います。
ここまでが、辞書的な意味での基本の違いです。
ここから先は、少しわたし自身の話をさせてください。この「宿命は変えられない」「運命は変えられる」という考え方に、わたしがどうやってたどり着いたか、という話です。

3. わたしが「運命は決まっている」と思うようになったわけ

この章でわかること:筆者が「運命」をどう捉えているか、その個人的な考え方。
わたしは、運命はすでに決まっているものだと考えています。
こう言うと、「え、さっきの話と矛盾してない?」と思われるかもしれません。ここでいう「決まっている」は、辞書的な意味の運命とは、少し違う話です。順番にお伝えします。

魂が生まれる前に、運命を設計してきたという考え方

わたしは、生まれる前、まだこの世界に肉体を持つ前に、自分自身の魂がいた、と考えています。
そしてその魂が、これから経験する人生の運命を、自分自身で設計してきた。その設計図を実行するために、わたしはこの世界に肉体を持って生まれてきた。そう考えています。
つまり、今わたしが生きて経験していることは、すべて、肉体を持つ前の自分自身の魂が「やってみたい」と望んできた経験だ、ということです。

運命は「魂が書いた物語」

わたしはこの運命を、「魂が書いた物語」だとイメージしています。
物語の中に出てくる出来事は、ひとつひとつに意味があります。魂にとって本当に必要な出来事だけが、絶妙なタイミングで、ちょうどいいバランスで起こるように書かれている。そんなふうに考えています。
そして、その物語を書いた作者は、物語の外側にいる誰かではありません。今のわたし自身の中にいる魂こそが、その作者です。
物語を書いた張本人が、今この瞬間もわたしの内側にいる。そう考えると、今起きていることのひとつひとつが、意味のない偶然ではなく、必要があって起きていることのように感じられてきます。

だから今起きていることは、全部望んで選んできたこと

この考え方に立つと、見え方がひとつ変わります。
今起きていることは、誰かに勝手に押しつけられたものではなく、他でもない自分自身が、生まれる前に望んで選んできた経験だということになります。
だから、今わたしが経験していることは、自分自身が本当に望んでいたことにつながっていて、最終的には幸せにつながることなのだ。わたしはそう考えています。

じゃあ、「不幸に見える出来事」はどう説明がつくのか

ここで、当然出てくる疑問があります。
「それなら、今つらいと感じている出来事や、不幸だとしか思えない出来事は、どう説明がつくんだろう」ということです。
自分の魂が望んで選んできたはずなのに、今、目の前にあるのは苦しい出来事。この矛盾を、わたしはどう受け止めているのか。
ここから先は、少し占いや仏教の力も借りながら、お話ししていきたいと思います。

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