眠らない街の片隅で桃源郷行きパスポートをあぶなく手にしそうになったMONEYな夜
美味いものを食べ、旨い酒を嗜む。
これ、呑兵衛の常識。
そして、楽しく呑めればいい。
これも呑兵衛がいつも口にする常套句。
呑みの場を設営するのに名目はなんでもいいのだ。
…..
今日も夜の帳がおりた。
家路を急ぐ人並みに抗うように享楽を求めて歓楽街に向かうハンター2人。
その研ぎ澄まされた嗅覚は鋭敏だ。
ひとたび標的と見るや、あたかも暗闇で狩りをする獣のように目はサーチライトと化して光り輝き、良質な獲物を探し当てるのだ。
期せずして、本日の獲物がみつかった。
カウンターにどんと腰を据え、いざ勝負と身構える。
岡持ちの魚が悲しそうな顔をしてこちらを見つめている。

早く選んでくれと猛アピールだ。

糸撚鯛
目が合ったのは真鯛だったが、若い女性スタッフがにこやかに薦めてくれた徳島産糸撚鯛を選んだ。
魚たちの熱い視線も若い娘の微笑みには敵わない。
刺身と煮付の2パターンでのアレンジをお願いした。
さあ、メインデッシュは決まった。
気の利いた肴と酒をたのもうではないか!
前菜は『シャキシャキ小松菜明太』、『クリームチーズの醤油漬け』。
合わせるは、黄金の泡水ではなく、メインの刺身に合わせて辛口の日本酒とまいろう。
惡のつかい第一投は、宮城の銘酒『日高見 弥助 芳醇辛口純吟』に決定。
お通しも届き、前菜も出揃った。

沖漬けと豆腐のいくら和え
お通しからして既に酒呑みの気持ちが読まれている。
がしかし、そのまま突っ走る訳にはいかない。
お通しは後回し、そして明太と卵も後回しにして、呑兵衛仲間を気遣い、血糖値・血圧対策を小松菜だけで補っておこう。

クリームチーズの醤油漬けが威勢のいい焼き海苔を連れて届いた。
チーズで胃の粘膜保護もひとまず終了した。

とさかが勇ましい!
こうして恒例行事の如く、前菜による地ならしを済ませ、コンディションは整った。
そこへお待ちかねの主役、惡のつかいが到着。
呑兵衛たちの舌が震え慄く。
待ち侘びた歓喜がじわっと込み上げ、お猪口を持つ手が微かに揺らぐ。

日本酒度: +6、精米歩合: 50%
(原料:蔵の華)
アルコール度数:16%
宮城石巻:平孝酒造
まずは、乾杯だ。
そこへ糸撚鯛のお造りが馳せ参じた。
切り揃えられた白身を箸でつまみ、藻塩をちょんづけし口に含む。
真鯛に似て身の繊維が柔らく、咀嚼するとほぐれ、ほんのりと甘味が口に広がる。

そこへ日高見の辛口を流し込む。
初球見事にどストライク!
これはしあわせ、一瞬で至福が訪れた。
この一瞬、このしあわせ時間があるからこそ、またこうしてこの魔境へやって来てしまうのだ。
止まらない 予感確信。
おいで、おいで、と魔境から惡のつかいが手招きする。
すっかりリラックスして、ドーパミンが身体じゅうを駆け巡り、高揚感の小波がざぶんざぶんと押し寄せる。
おー、こうなると、もっと呑め、もっと食べろと、緩くなった脳波が指示命令をくだす。
遅ればせのお通しも勢いで食べ尽くしてしまった。
こうなると、こってりした品が欲しい。
『野菜の天ぷら』『聖護院大根の唐揚げ カラスミ塩』『栃尾の油揚げ ふき味噌挟み焼き』を追加する。
この夜の最強布陣、惡のつかいの手下が出揃った。

天ぷらにレモンをキュっと搾り、これまた塩をちょん付けして口に含むと惡のつかいのピッチが速まる。
さらに手強い手下が追い打ちをかける。
口に含むと衣がサクっとしているが、熱々の聖護院大根がやんわり煮付けてあって、ほんのりとした煮汁と大根のふわっとした食感で口の中が満たされる。なおかつ、カラスミ塩がまぶしてあるので、旨味の三重奏がじっくり味わえるのだ。
こうして、盃を口に運ぶペースがさらに加速していく。

カラスミ塩
近年大好物のひとつになった蕗味噌を挟んだ栃尾の油揚げ。
これでダメ押しである。
外はサクっとした食感だが、中はふわっとした豆腐生地に蕗特有の強いほろ苦さと甘味噌が渾然一体となって舌を喜ばせ、ウッディーともアーシーともいえる香りが鼻腔から抜けて行くのだ。

ふき味噌挟み焼き
益々魔境への道まっしぐらだ。
惡のつかい第一投が宮城日高美の辛口なら、第二投目は少し柔らかめで攻めようではないか!
福井は、黒龍 純米吟醸に決定した。

日本酒度: +3.5~4.5、精米歩合: 55%
(原料:五百万石)
アルコール度数:16%
福井:黒龍酒造
ふ~う、だいぶボルテージも上がって来た。
良い仕上がり具合である。
糸撚鯛の煮付までご登場だ。
そんな恨めしい顔して見ないでおくれ。

これにはどろっとした重みのある酒が欲しい。
本音はカベルネソーヴィニオンの渋味と重さがベストマッチだが、ここまで日本酒で来たので路線変更は御法度である。
そんなことしたら、
桃源郷行き
まちがいないのだ。
ここは迷わず『阿部勘 純米辛口』をチョイス。

日本酒度: +5~6、精米歩合: 55~60%
(原料:五百万石)
アルコール度数:15%
宮城塩竈:阿部勘酒造
シメにまいろう。
ここは闘いの場だ。
酒呑みはメシにはいかない。
最後まで日本酒なのだ。
選ばれしは、『寫楽 純愛仕込み 純米酒』。
寫楽といい、純愛といいとても良いネーミングだ。

日本酒度: +1、精米歩合: 60%
(原料:夢の香)
アルコール度数:16%
福島:宮泉銘醸

ここまで魔境に入り込むといくらでも呑めてしまう。
予定調和で終わるには、中庸な味の日本酒でシメて正解である。
今宵も美味いもん食べて、旨い酒があって本当にシアワセだった。
おっと忘れていた。
それだけではない。
楽しい会話がなければ成立しない。
今宵の呑兵衛仲間よ、貴殿と共に過ごした時間とても楽しかったぞ!
ありがとな。


第一幕だけで終わらないのが魔境をよく知る男たちの世界。
ガソリン満タンとしたからには、エンジン全開で魔境のアウトヴァーンと化した新宿の夜を疾走するしかない。
ブルルルル~、ガルルルルー、キーン

キュッ。
止まった。
辿り着いた先では、スターたちが来るのを待ち焦がれていた。
…………..
早速、テナーの伴奏に合わせて、シブいバラードが流れた。
♬ かたい絆に 思いをよせて
語りつくせぬ青春の日々~~
~~~
かんぱい、いま君は人生の~おおきな舞台に立ち
いやいや、昭和POPS長渕の『乾杯』が始まった。
いかにも、呑兵衛1号らしい。
この男、実は大舞台が大好きなのだ。
宴会の司会、結婚式の司会はお手の物。宴会芸で生き延びて来たのだ。仕事も遊びも全力投球なのだ。

こうなったら、わたくし呑兵衛2号も黙っていられない。
コウベを垂れてスター気取りで昭和POPSクワタの『月』からスタートじゃい。
♬ とお~く、とおーく海へとくだる~
忍ぶ川のほとりを歩き~
果ての街にたどり着くころ
空の色が悲しく見える~

思いっきり歌えて楽しくなって来た。
えーい、浜省『J.BOY』で盛り上がってしまおう!
♬ ターンタッター、ターンタッター
仕事終わりのベルに、とらわれの~ぉ、、、

おー、気持ちよくなってきた。
そこへ、ひょっこり一人の白人が入店してきた。
イングランドからホームステイで日本に来ているBENという青年だ。
日本語の歌が好きらしく、流暢な歌いっぷりだ。
こうなったら、『MONEY』でシャウトしてやれ!
MONEY、MONEY CHANGES EVERYTHING.
いつか奴らの足元にビッグマネー、たたきつけてやるー
MONEY~、MONEY~

調子に乗って歌い終わったら、呑兵衛1号に言われた。
「若いっすねー」
7つ年下の男にこう言われ、自分の歳を思い出した。
ヤバイ、体力も限界だ。
いや、そうではない。
このまま呑んで歌い続けたら、魔境ではなく
『桃源郷』
に行き着いてしまう。
電車に乗り遅れる ~~
MONEY~
MONEY~
THE END
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