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思考ログ | 私は、語ることがない人だと思っていた(14)

前回のブログでは私の記憶がインデックスありの保存とインデックスなしの保存の2種類に区別したけれど、インデックスはないわけではないな、と思い直す。私が能動的に参照できないだけで、何かのきっかけでありますよ、と差し出される記憶。私がアクセスできない形でインデックスが保持されているようだ。ただ、区別しやすいのでここではインデックスあり、インデックスなしと呼ぶことにしよう。

そういえば、人の話を聞く時などに、新しい情報を並べた後に不意に思いつく内容は、インデックスありの保存のストックからではなく、インデックスなしのものから出ているような気がする。情報が揃ってきて、なんかこれ似てない?こういうこと?って差し出されるもの。私の意思で思い出そうとしても出せないものたちが、なぜか不意に思いつくのだ。一読した本を読んだわけでも、その話を過去に聞いたことはないはずなのに。そっと差し出されるインデックスなしのものたち。出した後に破棄されるとまた私の倉庫にしまわれてしまう。情報が更新されるたびに新しく出てくるインデックスなしのものたち。私が今まで体験したり、読んだり、聞いたりしたもののかけらたち。インデックスがないから私からはアクセスできなくて、私は覚えていないと思っていた。私の好きなこと、私が興味があったものも入っているようだ。私の積み重ねのかけらたちだ。そうか、私がやってきたことで、私が覚えていないと思っていたものたちはここにあるのか。興味を持って、調べて、体験してのループ。それによって積み重ねられてるものが私にもあったんだ。なんだか嬉しくなってしまう。

このインデックスなし保存の記憶たちはいつも不意にやってくるけど、どうしてやってくるんだろう。もう少し考えたくなった。

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