50代の服、地味にはしたくない。でも頑張りすぎにも見せたくない
朝、出かける前に鏡の前で立ち止まって、「なんだか地味かもしれない」と思うことがある。手に取ったものは間違っていないはずなのに、全体がどこか沈んで見える。落ち着いてはいるけれど、それだけ、という感じ。
かといって、明るい色や飾りを足して華やかにしようとすると、今度は張り切って見えてしまう気がして、そっと元に戻す。そういう小さな行き来を、私はよく繰り返している。
地味すぎるのは嫌だけれど、頑張りすぎに見えるのも避けたい。その両方のあいだにある「ちょうどいい」を、私は探しているのだと思う。50代になって、服を地味にはしたくないと感じる日が増えたぶん、この真ん中の感覚を大事にしたくなった。
「地味」と感じるのは、色なのか形なのか
地味かもしれない、と思ったとき、まず何がそう見せているのかを立ち止まって考えるようにしている。ぼんやりと「地味」とまとめてしまうと、どこを変えればいいのか分からなくなるからだ。
理由はだいたい、色か、素材か、シルエットのどれかにあるように思う。色が全体的に暗く沈んでいるのか。素材にツヤがなくて平板に見えるのか。それとも形がまっすぐで、体との間に緊張感がないのか。
同じ「地味」でも、原因が違えば手の打ちようも変わってくる。色のせいなら明るさを一つ足せばいいし、素材のせいなら生地を見直せばいい。私は最近、鏡を見て気になったときに「これは色? 形?」と自分に小さく問いかけるようにしている。それだけで、闇雲に服を足したり引いたりしなくて済むようになった気がする。
頑張りすぎに見える一着との違い
一方で、頑張りすぎに見える装いというのもある。華やかにしようとして、色を重ねたり、柄を効かせたり、アクセサリーを足したり。一つひとつは悪くないのに、全部が同時に主張していると、なんだか力が入って見えてしまう。
地味と頑張りすぎ。正反対のようでいて、私はどちらも「気負い」の表れなのかもしれないと思うことがある。地味は安全に寄りすぎた気負い、華やかは頑張って見せようとする気負い。どちらも、力の抜きどころが見つかっていない状態なのだろう。
だから私が目指したいのは、その中間というより、力が抜けた状態そのものなのだと思う。気負わず着られて、でも沈んでもいない。上品に見えて楽、という言葉がいちばん近い。
地味を避けたいとき、私が気にしている小さな観点
大げさな変化ではなく、ほんの少しの足し引きで印象は変わるように思う。私が気にしている観点を、いくつか書いておきたい。
顔まわりに明るさを一つ足す
全身が沈んで見えるとき、顔のまわりに明るさが足りていないことが多い気がする。襟元に少し抜けのある形を選んだり、明るい色を首元に一つ添えたり。それだけで、表情までいくらか軽く見えるように思う。
差し色といっても、鮮やかな色でなくていい。生成りやオフホワイト、やわらかなくすみ色のような、肌になじむ明るさで十分だと感じている。顔から遠い足元よりも、顔に近いところに明るさがあるほうが、全体が沈みすぎないのではないかと思う。
素材のツヤと落ち感で品を出す
同じ形の服でも、素材が違うだけで印象がずいぶん変わる。マットで硬い生地は、きちんとして見える反面、平板で地味に寄りやすい。逆に、ほどよいツヤと落ち感のある素材は、動くたびに光をやわらかく受けて、それだけで品が出るように思う。
私は最近、形よりも先に生地を見るようになった。とろりと落ちる素材や、さらりと肌をすべる生地。そういうものは体の線を拾いすぎず、気になるところを自然に流してくれる。上品に見えて楽、という両立は、案外この素材選びにかかっているのかもしれないと感じている。
🍃 大人メモ:色は「暗い」より「深い」を選ぶ
地味を避けたくて、つい明るい色に手を伸ばしたくなる。でも私は、明るくするより「深くする」ほうが、今の自分にはしっくりくると思うようになった。
黒やグレー一辺倒だと、たしかに沈みやすい。けれど、明るい色に振りすぎると今度は落ち着かない。そのあいだにあるのが、深みのある色だと思う。深い藍、濃いオリーブ、赤みを含んだブラウン、灰みのある青。暗いのではなく、色として奥行きがある。
こういう色は、地味には見えないのに、派手にもならない。年相応に、でも地味すぎず、というちょうどいいところに置いてくれる気がする。手持ちの服を選び直すとき、私は「これは暗いのか、深いのか」を一つの目安にしている。
旅行・ランチ・同窓会、シーンごとに迷うこと
よそいきの場になると、地味と派手の揺れはもっと大きくなる。どこまで気を遣えばいいのか、その加減がいつも難しい。
旅行のときは、動きやすさを優先すると途端に普段着に寄ってしまう。楽で、でも写真に残っても品よく見える、そのあいだで迷う。ランチなら、相手やお店の雰囲気を思い浮かべながら、きちんと感と気負わなさのちょうどいい点を探す。
同窓会のような場は、いちばん迷いやすい。地味に見えたくない気持ちと、張り切っていると思われたくない気持ちが同時にある。無理に華やかにするより、素材や色で静かに品を出すくらいが、私にはちょうどいいのではないかと思っている。どの場面でも、目指すのは「特別に頑張った服」ではなく、「気負わず、でも自分を丁寧に扱っている服」なのだと思う。
こんな一着を候補として探している
そう考えると、私が探しているのは、一枚で品よくまとまるワンピースや、さっと羽織れて印象を整えてくれる一着なのだと思う。深みのある色で、素材にほどよい落ち感があって、体の線を拾いすぎない。上品に見えて楽、という条件を、静かに満たしてくれるもの。
こういう服を眺めていると、ような形で探せる場所が、私には合っている気がする。一枚で装いが決まるものは、地味にも派手にも寄りすぎず、迷う日の助けになってくれそうだから。羽織りで印象を整えたい日には、ようにして候補を見比べることもある。
まだ「これ」と決めたわけではないけれど、こんな一着を候補として探している時間そのものが、自分の「ちょうどいい」を少しずつ言葉にしていく時間なのだと感じている。
アウターを条件別に見るワンピースを条件別に見る
次に試してみたいこと
大きく買い替えなくても、できることはある気がしている。まず試したいのは、手持ちの地味に見える服に、顔まわりの明るさを一つ足してみること。同じ服でも、首元の印象が変われば全体の見え方も変わるのではないかと思う。
それから、クローゼットの色を「暗い」と「深い」で見直してみたい。沈んで見えていた黒を、深い色の一枚に置き換えるだけで、地味の印象は変わるかもしれない。素材も、次に選ぶときは落ち感のあるものを意識してみたい。小さな足し算と選び直しを、焦らず重ねていけたらと思う。
地味にはしたくない、でも頑張りすぎにも見せたくない。この二つのあいだで、正解を一つ見つけようとするより、自分に「ちょうどいい」を少しずつ探していくほうが、私には合っているのだと思う。
また朝、鏡の前に立つ。今日はほんの少し明るさを足してみようか、と思えるくらいの穏やかさで、その日の一枚を選べたらいい。答えを急がず、そんなふうに続けていきたいと思っている。
