【創作BL】波風たてて、つかまえて:エピローグ①
★「エピローグ」なので、以下の本編をご覧いただいたあとの閲覧をおすすめします。(まとめ読みはTALESが見やすいかもです)
【あらすじ】
「誰も俺のことを知らないところに来てみたかった」教師を辞めた小浪祥真は、衝動的に離島「たつみ島」へ向かう。
そこで再会したのは、10年前、家庭教師として関わっていた教え子の守安遥だった。島で人々に慕われながら生きる遥。
けれどその姿は、小浪が知っている彼とも、遥自身が思い描く自分とも少しずつずれていて……
波風たてぬよう生きてきた少し臆病で疲れたふたりが、見ないようにしてきたものたちと向き合っていく物語です
無事に発券されたチケットを、ボトムスのポケットに差し入れて小浪が振り返ると
顔を赤くして極限まで俯いたままの遥が待機していた。
佐竹さんに嘘を暴かれたことが、とにかく恥ずかしかったと
このようにして顕著に全身で表現するものだから、小浪はどう声をかけたものかとためらっていた。
「遥くん」
小浪が呼びかけてみれば、遥が我に返ったというように顔をあげた。
「あ、もう大丈夫ですか?チケットは、無事に?」
おろおろと言葉を紡ぐ姿に小浪は苦笑しつつ、帰ろうかと声をかけた。
道中は居心地こそは悪くないものの、絶妙な沈黙が二人の間に漂った。
途中、先日ふたりでおおはしゃぎした浜辺を通りかかる。
何だか既に懐かしいなと小浪は感じ入っていた。
俯いたまま歩いていた遥も顔を上げて、西陽がまたたく海面を、目を細めて見つめた。
ふと歩みが止まる。
「ちょっとだけ、頭冷やしていいですか」
うわ言のような調子で言うや否や、小浪の返事を待たず、波打ち際へ駆け出して海に飛び込んでいった。
島の住民でも、むしゃくしゃすると海に駆け出していく人は少なくない。
海水に浸りながら、遥にはその人たちの心境がよく理解できるような気がしていた。
火照った顔も思考もしんと冷えていく。
いちど深く潜り、跳ね上がってかぶりを振って飛沫をとばすと、わぁと驚いた声があがる。
小浪も遥の後を追って、海に入ってきていたのだ。
「何で祥真さんまで……」
「気持ちよさそうで、つい」
「もう……」
呆れたような声をあげ、遥が水面に背を預ける。
波間に浮かび、空を仰いでいた顔を両手で覆う。
あーと間延びした呻きのようなため息のような声に続けて
「……ほんと、ごめんなさい、悪意はなかったんです」
嘘をついていたことを改めて謝罪した。
「あぁ、わかってるよ、ただ……」
そんなに名前呼びたかったんだね。
軽い調子でさらりと潮風に乗せられた小浪の声。
遥は図星をつかれてバランスを崩して沈みかけた。
小浪が慌てて引き上げるが、海水を飲んでしまったのか
遥は激しく咳き込んでいた。
喘鳴に上下する背を撫でて、小浪が声をかけながら
遥の顔を覗き込もうとしたときだった。
額同士が軽く触れ合ってしまった。
至近距離でふたりの呼吸が混ざりあい、どちらとも視線がそらせない。
波の律動のせいで、うまく立っていることができず
遥の背を撫でていた小浪の腕は、遥の肩によりかかっていく。
そうして伝わった小浪の重量は、遥の思考を滲ませていく。
名前を呼んでみたかった。
何か理由が必要だと勝手に思い込んで、おかしな嘘をついた。
当時、距離を詰めすぎたと軽く反省はしたが、それ以上に浮かれていた。
「立場」を取り払えば、やっと小浪の隣に並べるのだと思っていたのだから。
「祥真さん」
囁く声は、遥自身のものに他ならないのに、遠い世界の言葉のように響いた。
額は触れ合ったまま、海水で濡れそぼった遥の指が小浪の髪に絡んでいく。
後頭部を柔く撫で、次に寄せてきた波の勢いに任せてか、遥のシルエットが小浪に重なっていった。
唇同士がふれあってしまったのは
まさに「どちらからともなく」といった雰囲気で
故意だったのか事故だったのかは定かでない。
それなのに「ごめん」と小さく謝ったのは小浪のほうだった。
この場で「謝る」ということが、自身の欲を打ち明けていることになるとは気づかなかった。
その証としてか、遥を浜に引き上げることもできず、波に揺られたまま目を伏せるだけだった。
「何が、ごめんなんですか?」
「いや……そっか、謝るのは違うのか」
戸惑い、海面に視点を落とし、触れ合ってしまったばかりの唇を指で撫でた。
劣情こそなりを潜めていたとはいえ、想いのままに唇を重ねるということが、こんなにも甘く優しいものなのかと小浪は静かに圧倒される感覚に包まれていた。
しかしそんな気分に浸れたのは、ほんの一瞬。
伏せられた顔が遥によって掬いあげられる。
かち合った遥の視線が、小浪にはぎらりと燃えたように見えた。
この視線には覚えがあるような気がしていた。
「俺にも背徳感ってものがあったんだけどな」
「先生辞めちゃったんだから、そんなの要らないですよ」
「それもそうだ」
短い吹き出し笑いと共に、小浪の腕が遥の首に回されていった。
遥が少しばかり驚いた顔をしたが、応えるようにして遥からも小浪の背に腕を回していく。
抱き合わさった鼓動は、穏やかだが熱く、ふたりの思考を熔かしていく。
熱に浮かされ、波に揺られ、夢心地のなか、今度は明確に遥から唇を重ねていった。
ずぶ濡れのまま帰路に着くと、夕暮れの風がひやりとふたりの背中を撫でていく。
身震いを堪えきれず、足早に玄関をくぐりぬけ
遥は自宅用、小浪は宿泊客用のシャワールームで海水を流して体を温めた。
日中の日差しが隠れてしまえば、島の夜は涼しく肌寒いくらいになることもある。
ブランケットを抱えて遥がリビングに戻ると
小浪がテーブルの上に船のチケットを並べていた。
「後先考えないからこうなるんだよな」
自虐交じりに濡れたチケットを伸ばして、タオルで水分を拭う。
「じゃあもう帰らずこのまま」
「それってまるで夜逃げじゃないか」
冗談を言い合って笑う。
笑い終わらないうちに、小浪の肩に遥が頭を乗せて、重いため息をつく。
「帰っちゃうのか……」
くだけた調子で独り言のようにつぶやく。
「盛大に見送ってくれるんだろ?
来た時みたいに、港で島民の皆さんと」
小浪が頭を撫でると、遥が空いている小浪の腕に縋る。
「名残惜しいのは俺も同じだからさ
なるべく早く戻るために、頑張って片付けないとね」
子どもみたいな仕草を見せる遥に安堵していることに小浪は気づいた。
こんな風にわかりやすく甘えてもらえることで
遥がこころを許していることや、しがらみから解放されている瞬間を感じることができる。
「ねぇ祥真さん」
海辺での続き、していいですか?
消え入りそうな、しかし確かに熱を帯びた声が、鼓膜に毒だった。
「していい、けど、準備がなぁ……」
「……何の?」
遥から無垢なトーンで問われ、小浪は失言を悔いた。
こんな幼気な存在に、何という想像してしまったのか。
どこを、どう、何のために「準備」するのかなど、ストレートとして生きていれば、到底知りえないことだ。
こころの準備とかですか?顔を上げて丸みを帯びた目で遥が見つめてくるので、更なる後ろめたさに小浪の眉間が歪んでいく。
「何でもない……」
「気になります」
「気にすることじゃない」
「でも」
食い下がる遥の唇を小浪の唇が軽く塞ぐ。
ちょっとしたイタズラのつもりでもあったが、羽目を外しすぎたと直後俄に反省をすることになる。
スイッチが入ってしまったのか、遥が小浪の両頬に手を添え、唇を押し当てるだけのキスを重ねてきた。
迫った反動で、小浪が寄りかかっていたテーブルが音を立てて軋む。
遥はものともせず、テーブルの上に小浪を倒さないよう、腕を突っ張った。
小浪も遥の肩に骨ばった指を食い込ませ、自身の身体を支えて遥からの重力を受け入れ続けていた。
きっと遥に痛い思いをさせているだろうと申し訳なさもあったが、必死だった。
遥としては、その痛みに強烈な現実感を与えられ、神経が冴えていく心地がしていた。
それでもなお、再会した当初には想像もできなかった事態に、ゆらゆらと遥の本能が揺さぶられる。
触れられないと手を引いたはずの存在が、こうして熱を持って自身と重なっている。
海辺で感じた覚束無い恍惚とした感覚が遥を飲み込もうとしたところで
ついにバランスを崩した小浪が、制止の声を上げた。
「遥くん、ちょっともう……」
「危なかった……」
「うん、このくらいにしないと」
「……帰りたくなくなる?」
「わかってるじゃないか」
送り出そうとすれば、引き止められ、逆らっていくのを助長しているのかと思えば、足元をすくわれる。
まるで波打ち際の攻防だった。
最後に1度だけ啄むようなキスをして、名残惜しみながらお互い自室に戻る。
ふたりともが久々に「明日など来なくてもいいのに」と考えてしまった。
朝日が忌々しいと、ふたりが感じてしまったのも久々だった。
遥はまた小学校の子どもらと「お見送りセレモニー」に参加することになるらしく
遥の家の玄関で、小浪はひとまず見送りを受けることになった。
財布の中にあったレシートの裏に、遥の連絡先を書き付けてしまい込めば、小浪のすべての荷造りが完了した。
「無事帰りついたら、パソコンからメールするよ。
スマホは最優先で準備するね」
「そうしてください。
せめて声は聞きたいです」
玄関をぬけ、歩き出す小浪へと言葉をかけるにあたり
どんな別れの挨拶も相応しくない気がして
「行ってらっしゃい」と遥は手を振った。
照れくさそうに振り返り「行ってきます」の声を返した小浪が笑った。
それが遥には鮮烈にまぶしく見えた。
凛とした後ろ姿も、島の晴天によく映える。
路地の角に小浪が姿を消したタイミングで、遥はようやくまばたきができた。
ぼろりと一雫こぼれ、唇を震わせる。
もしかしたら、この瞬間のために
この数日頑張っていたのかもしれない。
手のひらほどの大きさの葉が、風にざわめく。
その音はさざ波と混ざりあって島を駆け巡る。
たつみ島は今日も動き続けている。
濡れた頬を軽く拭い、遥もまた歩き出した。
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