PiCNiC / undo
先日、岩井俊二監督30周年の特集上映で、PiCNiCとundoの同時上映をみた。
どちらも観たことがある作品で、特にPiCNiCはとても好きな作品だから映画館で観れることがとても嬉しかった。

リリイ・シュシュは私を中二病に罹患させた
(未だ完治せず)

初めて観た時は衝撃的で、ちょっとトラウマもあって、それでも美しいシーンがこびりついてしまう感じ、私はこの人の作る映画(世界観)が好きなんだ、と思った。
ものすごく気持ち悪い(趣味が悪いとも言えよう)のに、どうしてこんなに胸を打たれるのだろう。この時、説明できないことが1番の理由になることがあるんだと知ったし、それをどうにか説明してみたい、とも思った気がする。
10年ぶりくらいに観たけど、結構ちゃんと覚えていて意外だった。
教会のシーンではなぜか泣いてしまう清らかさがある。
グロテスクとイノセントが同時に存在することで、私たちの生活も同じじゃないか、と強く思う。
とにかく、ものすごく惹かれる作品だった。
「大人になった今見たらどう思うだろう。青臭く感じるのだろうか。」と思ったけど何も変わらなかった。むしろ、当時の衝撃をそのまま思い出して、同じようにくらってしまった。
胃のあたりが熱くて、説明できない苦しさと、恍惚状態で映画館を出、電車に乗った。
大人になって初めて観ていたら「なるほどね。」くらいにしか感じない可能性も大いにある。
実際、昔見たら好きになっていたかもしれないと思う、苦手な作品にも結構出会った。
最近の岩井俊二監督作品でも、モヤモヤするシーンがあるのも事実。
若い頃にしか感じられない特別な経験や記憶は、やっぱりあると思う。
そして、それを感じてセンチメンタルに思うこともある。
でも、良くも悪くも、やっぱり私は私なんだと気付いた時、地面を見ると私は0.5mmくらい浮いていた。
昔の自分からのギフトみたいで、それがなんか嬉しかった話。
