ガーディアン(プロト3
『引き継いだモノ』
それから数年が過ぎた。
私は研究職を続けている。肩書きも立場も、それなりに安定した。学生を持ち、委員会に出席し、未来を語る側になった。
かつて資料庫で箱を開けたことなど、忙しさの中で薄れていくはずだった。
だが、消えなかった。
娘は成長し、言葉を選ぶようになった。
学校から帰ると、今日習った「大切なこと」を教えてくれる。
――未来のために我慢すること。
――次の世代を守ること。
――正しい大人になること。
私はそれを否定しなかった。
否定できなかった。
ある日、大学で新しい研究倫理ガイドラインが配布された。
主旨は「次世代への配慮」。
研究の自由よりも、社会的影響と継続性を重視する内容だった。
私は賛成票を投じた。
迷いはなかった。
ふと、あの先生の言葉がよみがえる。
> 選択肢を一つにすればいい
その意味が、今ならわかる。
研究室で、若い学生が私に相談を持ちかけてきた。
テーマは「親性行動の神経基盤」。
どこかで聞いたような内容だった。
「この分野、深入りしない方がいいでしょうか」
彼は冗談めかしてそう言った。
私は笑って答えた。
「社会の役に立つ研究だよ」
それ以上の言葉は、喉まで来ていたが、出なかった。
出す必要がなかった。
帰宅途中、公園で子どもたちが遊んでいるのを見た。
親たちは少し離れた場所から見守っている。
誰も動かない。
だが、全員が“準備”している。
あの構図を、私はどこかで見たことがある気がした。
夜、娘が熱を出した。
私は付き添い、眠らずに看病した。
苦ではなかった。
むしろ、満たされていた。
そのとき、ふと思った。
――もし、これが役目だとしたら?
恐怖はなかった。
嫌悪もなかった。
ただ、納得があった。
机の奥から、あの資料箱を取り出したのは、衝動だった。
先生の最後のメモが、一枚だけ残っていた。
> 気づいた者は二種類に分かれる
> 抗おうとする者と
> 何もせず、守る者だ
>
> 前者は消える
> 後者が世界を残す
私は紙を折り、元に戻した。
燃やしもしなかった。
告発もしなかった。
その必要がないと、わかっていたからだ。
数日後、ニュースでまた空の異常が報じられた。
専門家は「問題なし」と言った。
人々は安心した。
私は娘の手を引き、家に帰った。
守るために。
夜空を見上げたとき、
何かがこちらを見ている気がした。
だが、それは敵意ではなかった。
評価だった。
――よくやっている。
そう言われた気がして、胸の奥が温かくなった。
人類は、これからも続くだろう。
選び続ける。
迷わずに。
守るという、たった一つの選択を。
