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ガーディアン(プロト2

『掘り返すモノ』

 私がその名前を思い出したのは、偶然だった。

 大学の資料庫で、廃棄予定の研究データ一覧を確認していたとき、古い教員名簿の中に見覚えのある名前を見つけた。
 十数年前、突然大学を辞めた准教授。
 学生の間では「優秀だったが、最後はおかしくなった人」として語られていた。

 ――確か、神経行動学の先生だった。

 私はその人の講義を受けたことがある。
 穏やかな声で、理路整然と話す人だった。
 ただ、後期に入った頃から、決まって同じ言葉を繰り返すようになった。

 「人は、なぜ未来を守ると思いますか」

 当時は、哲学的な問いだと思っていた。
 今になって、その言葉が妙に引っかかった。

 資料庫の奥、埃をかぶった金属棚に、彼の名前が貼られた箱が残っていた。正式な研究資料ではない。私的なメモ、下書き、破棄された草稿。
 本来なら、そのまま処分されるはずのものだった。

 私は躊躇したが、箱を開けた。

 中身は、雑多だった。
 昆虫の寄生行動に関する論文のコピー。
 古代神話の引用。
 脳波データの走り書き。
 そして、何度も書き直された一文。

 > 「これは侵略ではない
 >  保護だ」

 意味がわからなかった。
 だが、なぜか目を離せなかった。

 メモの端に、日付と共に短い記録が続いていた。

 > 妊娠初期
 > 行動傾向の固定化
 > DNAに異常なし
 > だが“選択”が変わる

 私は背中に冷たいものを感じた。
 自分の研究分野と、あまりにも重なりすぎている。

 その夜、帰宅すると、娘が床に座って絵を描いていた。
 未来の夢を聞くと、「大きくなったら、子どもを守る仕事をしたい」と言った。

 私は微笑み、頭を撫でた。
 そして、なぜか胸がざわついた。

 先生のメモには、こんな一節もあった。

 > 彼らは人間を操らない
 >  操る必要がない
 >  選択肢を一つにすればいい

 私は読み進めるのをやめられなかった。

 > 純粋な人間が存在する可能性はある
 >  だが判別できない
 >  重要なのは
 >  因子を持つ個体ほど
 >  “良い親”になることだ

 良い親。
 その言葉が、異様な重さを持って迫ってきた。

 翌日、私は先生の最終講義の映像記録を探し出した。
 画質の荒い映像の中で、先生は学生たちを見渡し、こう言っていた。

 「もし、人類が誰かに守られているとしたら
 それは、祝福でしょうか」

 誰かが笑った。
 冗談だと思われたのだろう。

 先生は、それ以上何も言わなかった。

 映像を止めた瞬間、私は気づいてしまった。
 先生の表情には、恐怖がなかった。
 あったのは――理解だ。

 私は自分の研究テーマを思い出した。
 人は、なぜ迷わずに行動できるのか。
 なぜ「守る」という選択だけは、疑われないのか。

 その答えが、箱の中にあった。

 夜、娘を寝かしつけながら、私は考えた。
 もし彼の言う通りなら。
 もし、私たちの中に、見えない因子が混ざっているなら。

 ――私は、どちらなのだろう。

 だが、その問いは、最後まで形にならなかった。
 なぜなら私は、娘を守ることを「正しい」と疑いなく思えたからだ。

 先生が辞めた理由が、少しだけわかった気がした。
 理解した者は、問い続けられない。

 問いを持ったままでも、
 守る側に回ってしまう。

 資料箱を閉じたとき、私は決めていた。
 このことは、誰にも話さない。

 未来のためだ。
 そう思うことに、迷いはなかった。

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