主体性って、奥深い
Run講師平井がお送りします。
今週火曜日に8月の特集「主体性UPのスキル」について話をしてきました。
10月以降には90分の拡大バージョンでお送りするものですが、個人的には非常に思い入れが強く、皆さんに聞いてほしいと思っている内容です。
(詳しい内容はぜひクラスを受けてほしいですが、)簡単にいうと、主体性はゴール、選択、評価を自分の責任で行うことができるか?ということがポイントになります。
ゴール:「こうありたい姿」を”自分で”しっかりと考える
選択:答えがないものに対して意見を持ち”自分で”選択をする
評価:その結果がどうであったのか?を”自分で”判断し、その結果を受け入れる
ということができているかどうかが重要だなと思っています。
皆さんの周りでも「この人主体的だね!」というのはおそらくそういうことができているはずです。
さあ、その中で「達観した人はどうなの?」という質問をもらいました。
「自分は別に今のまま、たいして面白くない仕事でも、今の給料をもらえていれば、特にやりがいなどはいらない。会社から言われたことをただ粛々とやれればいい。」という人です。
上記のゴール、選択、評価の観点から見るとどれも揃っているように思います。しかし、一般的にイメージする主体的ではないですね。
これに関しては以下のようなことが考えられると思います。
自己効力感が低い
自分の可能性を知らないまま、自分には何かができるという自信を育ててもらえなかった過去があるので、「どうせ僕にはなにもできない」という感覚にあるのだと思います。本人の価値はどこにあるのか周りのメンバーが承認をしてあげることで、「自分の可能性」に気づいてもらうと変わるかもしれません。
会社が給料を上げすぎている。
こういう人がいて会社が困る1つの理由は、与えている給料に対して、十分な働きをしていないことです。だとしたら、給料を下げるということです(ジョブディスクリプションの世界では普通です)。そして、自分の給料が下がるということを本気で肌で感じたときに、本人がどうするのか、ということです。(それでもいい、というのであれば、それは本人の意志なので認めましょう)
仲間とは言えない
シンプルに考えて、こういう人は「作業担当員」としてはいいかもしれませんが、「一緒にやっていく仲間」としては周りは認めないでしょう。将来的には業務をアウトソース、つまり外注する対象になる人になってしまいます。その事実を本人はどのくらい気がついているのか?おそらく、そこまで考えたことがないということに思います。
個人的には主体性を「本気で考える」ためには、周りの環境や置かれている状況がいかに当たり前ではないということを気づかせるのか?ということが重要な気がしています。
気を遣って優しさばかり見せていても、本人にとって良くないこともあります。寛大な心でいながら、本人のためにもちゃんと考えてもらうことを意識して接してみるといいかもしれません。
