カタカナ英語は好きだけど、"その先"には連れていけない
僕は、カタカナ英語、けっこう好きなんです。
堂々としたカタカナ発音には、独特の味がある。恥ずかしがって黙るより、カタカナでも口を開くほうが、百倍いい。その度胸は、むしろ尊敬しています。
そのうえで、あえて言わせてください。
先に線を引いておきます。通じればそれでいい、という人は、カタカナのままで全然いいんです。恥ずかしがる必要も、直す必要もない。これは、その先へ行きたい人にだけ、向けた話です。
もし本気で英語をやりたいなら——カタカナ英語は、どこかで、切り捨てたほうがいいです。
好きだけど、捨てろ。矛盾して聞こえますよね。でも、逆側から来た人間として、これだけは、はっきり言っておきたいんです。
なぜか。カタカナ英語は、ある一定のところで、必ず頭打ちになるからです。
カタカナ発音って、英語の音を、日本語の五十音に、押し込めているんですよね。でも英語には、日本語にない音やリズムが、たくさんある。それをカタカナに変換した時点で、"英語の骨格"が、けずれ落ちてしまう。
最初のうちは、それでも通じます。単語を並べれば、意味は届く。だから多くの人が、ここで満足して止まる。「通じてるからいいや」と。
でも、その先には、進めないんです。自分が言えない音は、聞き取れない。だからカタカナで発音している限り、耳も、カタカナ止まりになる。相手の速い英語が、いつまでも聞き取れるようにならないんです。
これ、僕が日本語で、痛感したことでもあります。
もし僕が、日本語を「フィリピンの言葉の音」で発音し続けていたら。単語は通じても、絶対に、今のレベルには来られなかった。どこかで、母語の音を、いったん手放す必要があった。その決断をしたから、初対面でバレないところまで、来られたんです。
母語の音で外国語を発音し続けることには、限界がある。これは、どの言語でも同じです。
だからカタカナ英語は、入口としては最高だけど、出口にはできない。
最初は、カタカナでいい。とにかく口を開いて、度胸をつける。そこは、本当に尊敬しています。でも、ある程度話せるようになったら、一度、勇気を出して、カタカナを手放す。英語の音を、カタカナ経由じゃなく、直接、真似しにいく。この"乗り換え"をするかどうかで、行ける場所が、まったく変わります。
これは、突き放しているんじゃありません。
カタカナ英語が好きだからこそ、そこで止まってほしくないんです。入口で満足して、その先の景色を見ずに終わるのは、もったいなさすぎる。
カタカナ英語は、あなたをスタートさせてくれた、いい相棒です。
でも、本気で先に進むなら——どこかで、ちゃんと、お別れしてあげてください。
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
フォローやサポートをいただけると、とても励みになります。
Appreciate the support