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経済学・社会学研究の不足が日本の研究力低下を招いているのか


要旨

日本の科学技術基本法(1995年)は、「人文科学のみに係るものを除く」と定め、社会科学を政策の対象から25年間にわたって法律上の対象外としていた。

本稿では、NISTEPの科学技術指標、文部科学省のFTE調査、NSF・OECDの統計、さらに米国・ドイツ・韓国の研究政策機関を比較し、この扱いが日本の研究力低下にどのような影響を与えた可能性があるのかを検討する。

調査から見えてくるのは、社会科学を研究政策に取り入れている国では、研究への投資や政策の効果を調べ、その結果を次の政策に反映させる仕組みが整えられていることだ。一方、日本では、政策の効果を十分に検証しないまま、同じ方針が長く続いてきた例がある。

こうした違いは、日本の研究力低下を考えるうえで無視できない。ただし、社会科学の扱いだけで研究力の低下を説明することはできない。研究費、大学教員の研究時間、雇用制度など、ほかにも大きな要因があるためである。

キーワード:科学技術政策、社会科学、研究力低下、選択と集中、国際比較


1. はじめに

日本の研究力を示す指標は、この20年ほどで大きく低下している。

注目度の高い論文を示すTop10%被引用論文数では、日本の世界順位が2022年時点で第13位まで下がった。分数カウント法では2019年に韓国に抜かれ、主要国の中で最下位となっている。Nature Index 2024でも、日本のShareは前年比9.0%減少し、京都大学は初めてTop50から外れた。

大学教員が研究に使う時間も減っている。研究活動時間の割合は、2002年度の46.5%から2023年度には32.2%となり、21年間で14.3ポイント低下した。教員数そのものは17.1万人から19.6万人に増えている。それでも、研究に使える時間は減り続けている。

こうした研究力低下の原因としては、運営費交付金の削減、競争的資金への偏り、任期付き雇用の増加など、これまでにも多くの問題が指摘されてきた。

しかし、もう一つ考える必要がある問題がある。

そもそも、こうした政策がなぜ導入され、効果を十分に確認しないまま長く続いてきたのか。

本稿では、この政策を作る過程に注目する。

特に取り上げたいのが、科学技術政策に経済学や社会学の知見を取り入れる仕組みが弱かったことである。

1995年に制定された科学技術基本法は、第1条で「人文科学のみに係るものを除く」と定めていた。この規定によって、社会科学は科学技術政策の対象から法律上外されていた。

この考え方は1995年に突然始まったものではない。1956年の閣議決定「科学技術庁設置要綱」でも、科学技術庁の所掌は「科学技術行政(人文科学関係を除く。)」とされていた。この扱いは2020年の法改正まで続いた。

政策を評価するための学問が、政策を作る仕組みの中で十分に扱われていなかったとすれば、政策の効果を検証する力にも影響した可能性がある。

本稿では、この点を一次資料と国際比較から考える。


2. 方法

以下の資料を用いて分析した。

研究力の指標:NISTEP「科学技術指標2024」「同2025」(調査資料-341、349)から、Top10%・Top1%被引用論文数、論文の世界シェアを確認した。Nature Index 2024(Nature Portfolio、2025年6月)からは国別Shareを用いた。

研究時間:文部科学省「大学等におけるフルタイム換算データに関する調査」(FTE調査)の5回分(2002年度〜2023年度)を用いた。

研究開発費:NSF「Science and Engineering Indicators 2025」(NSB-2025-7)およびOECD Main Science and Technology Indicatorsを使用した。国際比較では購買力平価を用いた。

法令・政策文書:1995年の科学技術基本法、1956年の閣議決定、第2期・第3期科学技術基本計画(2001年・2006年)、2015年の文部科学省通知(文科高第269号)を確認した。

国際比較:米国NSF Social, Behavioral and Economic Sciences Directorate(SBE)の予算・組織・政策への影響、ドイツMax Planck Institute for the Study of Societies(MPIfG)の研究実績、韓国KISTEP(科学技術評価企画院)の組織と技術予測の方法、欧州委員会のHorizon Europeにおける社会科学・人文学の扱いを比較した。

官僚の専門性:CSIS「Transforming Japan's Bureaucratic System: Opportunity Amidst Crisis」(Kobayashi and Tsujiguchi, 2024)を用いた。


3. 結果

3.1 研究力を示す指標は悪化している

日本のTop10%被引用論文数は、2021〜2023年の平均で3,447本、世界13位だった。全論文に占めるTop10%論文の割合(Q値)は7.9%で、英国の15.9%、ドイツの13.0%を大きく下回る(NISTEP, 2025)。

研究開発費を見ると、2022年の日本の研究開発費は購買力平価換算で2,008億ドルで、世界3位を維持している。一方、対GDP比は3.41%で、韓国の5.21%を下回る。研究開発費の総額でも、米国の9,232億ドル、中国の8,119億ドルとの差は大きい。

研究時間の減少はさらに大きな問題である。

大学教員が研究に使う時間の割合は、2002年度の46.5%から2023年度には32.2%まで下がった(MEXT FTE調査、全5回)。

この間、教員数は17.1万人から19.6万人に増えている。しかし、フルタイム換算した研究者数(FTE)は7.96万人から6.33万人に減った。

つまり、教員の数は増えているのに、研究に使われている時間は減っている。

3.2 社会科学が政策の対象から外されてきた経緯

社会科学が科学技術政策の対象から外されてきた歴史は、1956年までさかのぼる。

1956年2月3日の閣議決定「科学技術庁設置要綱」では、科学技術庁の所掌を「科学技術行政(人文科学関係を除く。)」としていた。

この考え方は1995年の科学技術基本法にも引き継がれた。第1条には「人文科学のみに係るものを除く」と明記され、社会科学は法律上の対象から外された。

さらに2015年には、文部科学大臣通知(文科高第269号、2015年6月8日)が国立大学に対し、「教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については…組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする」と求めた。

文部科学省は後に、特定の学問分野を軽視するものではないと説明した。ただ、通知の内容を見る限り、人文社会科学系の分野が大学改革の対象として強く意識されていたことは分かる。

2020年の法改正によって科学技術基本法は科学技術・イノベーション基本法となり、「人文科学のみに係るものを除く」という文言は削除された。法律上の扱いは変わったが、それだけで政策の作り方まで変わったとは限らない。

3.3 「選択と集中」は十分に検証されたのか

「選択と集中」は、第3期科学技術基本計画(2006年3月閣議決定)で明確に打ち出された。

第2期計画(2001年)では、ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料の4分野が重点分野として設定された。第3期ではさらに重点化が進み、戦略重点科学技術62課題が選ばれた。

この政策について、経済学的な分析を行った研究がある。

Ohniwa、Takeyasu、Hibinoは、1991〜2013年に始まった科研費182,810件と、PubMedに掲載された26,061,316件の記事を使い、研究費と新しい研究テーマの創出との関係を調べた

その結果、研究者個人については、助成額が大きくなるほど成果が増えるものの、500万円を超えると効果が頭打ちになった。一方、研究費を配分する側から見ると、500万円以下の比較的小さな助成を多くの研究者に配る方が、新しい研究テーマを生み出すうえで効果が高かった。

ただし、この研究は生命科学・医学分野に限られている。そのため、この結果をそのまま全分野に当てはめることはできない。

それでも重要なのは、「選択と集中」が長く続いてきた一方で、その方法が本当に研究力を高めたのかを経済学的に検証する研究が十分に行われてきたとは言いにくいことである。

もし政策を評価する経済学や社会科学の専門家が政策決定の中に十分に入っていれば、この点はもっと早く検討されていた可能性がある。

3.4 政策を作る側に専門家が少ない

CSISのKobayashi and Tsujiguchi(2024)は、日本の省庁職員のうち博士号を持つ人が約1%にとどまると指摘している。米国では4%である。

同報告書は、科学技術政策を担うPhDレベルの人材や、政策の効果を分析するchief economistを確保することが難しいと指摘している。また、AIやデータサイエンスなどの新しい分野に対応できる専門家を採用・育成し、組織の中で登用する力にも課題があるとしている。

政府が新しいアイデアを取り入れることに対する国民の信頼度も、日本では20%にとどまった。OECD平均は38%で、日本は調査対象国の中で最も低かった。

政策を作る組織の中に、政策の効果を調べる専門家が少なければ、政策に問題があったとき、それを見つけて修正することも難しくなる。

3.5 社会科学を政策に取り入れている国

米国

NSFのSocial, Behavioral and Economic Sciences Directorate(SBE)は、2024年度に2億9,030万ドルの予算を持つ。NSF全体から見ると約3.1%で、大きな部門ではない。

一方、SBEの助成研究から生まれた4,576本の論文のうち244件が米国政府の政策文書に引用されている。Social Science Spaceによれば、政策への影響の割合はNSF全体の中央値の約10倍に達する(2026年8月)。

また、Science of Science: Discovery, Communication and Impact(SoS)などを通じて、研究そのものや研究政策を分析する取り組みも行われている。

ドイツ

Max Planck Institute for the Study of Societies(MPIfG)は1985年に設立され、約50人の研究者が経済社会学や比較政治経済学の研究を行っている。

同研究所からは、EU政策の議論にも使われたScharpfのinput/output legitimacyの概念や、ユーロ危機に関する研究などが生まれている。

Max Planck Societyの人間科学部門では、法学、経済学、社会学、人文学などの研究所が研究を行っている。社会や政治、行政から研究成果への需要があることも同組織が説明している。

韓国

KISTEP(科学技術評価企画院)は、職員368人、年間予算約731億ウォン(約80億円)の組織である。

技術予測だけでなく、研究開発への投資戦略や評価も行っている。

第6回科学技術予測(2021〜2045年)では、社会変化、技術革新、人口変動、気候危機、国際秩序の5つを軸に、今後の変化を分析している。

技術だけを見るのではなく、社会や経済、人口、環境、国際情勢まで含めて研究政策を考えている点が特徴である。

EU

EUのHorizon Europeでは、社会科学・人文学(SSH)を研究プロジェクトに取り入れることが重視されている。

欧州委員会によれば、プロジェクトの88%が少なくとも1つのSSHパートナーを含み、全パートナーの22%がSSH分野の研究者となっている(欧州委員会DG Research and Innovation, 2025)。


4. 考察

4.1 社会科学の扱いと研究力低下

ここまでの結果から、一つの可能性が考えられる。

日本では、社会科学が科学技術政策の対象から長く外されていた。そのため、研究費の配分や大学政策などについて、経済学や社会科学の立場から政策の効果を調べる仕組みが弱かった可能性がある。

その結果、効果が十分に確認されていない政策が長く続き、その間に研究時間の減少や研究力を示す指標の悪化が進んだ。

一方、米国、ドイツ、韓国、EUでは、社会科学を研究政策の中に取り入れる仕組みが存在する。研究政策そのものを研究対象にしたり、社会や経済の変化を踏まえて研究投資を考えたりする仕組みがある。

もちろん、これだけで「社会科学を排除したことが日本の研究力低下の原因だった」と断定することはできない。

ただ、政策を作る側に政策を評価する専門家が少なかったことは、日本の研究政策を考えるうえで重要な問題だと考えられる。

2020年の法改正によって、社会科学を法律上の対象から外す規定はなくなった。

しかし、CSISが指摘するように、省庁職員の博士号取得者が約1%という状況が変わらなければ、法律を変えただけで政策の作り方が大きく変わるとは考えにくい。

4.2 この分析だけでは分からないこと

本稿にはいくつかの限界がある。

第一に、社会科学を政策に取り入れることと、研究力の維持・向上との間に直接の因果関係があるとは言えない。

米国、ドイツ、韓国は、研究開発費の規模、人口構成、大学制度、言語などが日本と異なる。社会科学の扱いは、それぞれの国の研究政策を構成する要素の一つにすぎない。

第二に、Ohniwaらの科研費分析は生命科学・医学分野を対象としている。そのため、少額の研究費を広く配る方法が他の分野でも同じように有効なのかは分からない。

第三に、大学教員の研究時間の減少や任期付き雇用の増加など、社会科学の扱いとは直接関係しない問題も日本の研究力低下に影響している。

本稿が扱っているのは、その中でも「研究政策をどう作り、どう評価してきたのか」という問題である。日本の研究力低下のすべてを説明するものではない。

4.3 これから調べるべきこと

2020年の法改正後、社会科学が実際の政策決定にどこまで入るようになったのかは、今後調べる必要がある。

たとえば、NISTEPの組織や研究体制、科学技術・学術審議会の委員構成、省庁における政策分析の専門人材の数などを、法改正の前後で比較することが考えられる。

もう一つ重要なのは、研究費の配分方法が研究成果の分析結果をどこまで取り入れているかである。

たとえば、Ohniwaらが示した「少額の研究費を多くの研究者に配る方が、新しい研究テーマを生み出しやすい」という結果が、その後の科研費制度に反映されたのかを追うことができる。

研究結果が政策に反映されるまでにどれくらい時間がかかるのか。そして、研究結果が示されても政策が変わらないことがあるのか。

こうした点を追っていけば、日本の研究政策において、社会科学が実際にどの程度使われているのかをより具体的に評価できる。


参考文献

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