だから、問いかける人がいてもいい。
最近、友達との会話の中で、
「夫は、どうせこういう人だから」
「妻は、きっとこう思っている」
そんな言葉を聞くことが続きました。
長年一緒にいるからこそ、
相手のことをよく分かっている。
そう思う一方で、
それは本当に、
今の相手に聞いた答えなのだろうか。
ふと、そんなことを思いました。
もしかしたら、
過去の出来事や、これまでの言動から、
「この人はこういう人」
と決めているだけなのかもしれない。
でも、それは夫婦の仲が悪いからでも、
分かり合えないからでもなく、
ただ、問いかける機会がなかっただけなのかもしれません。
夫婦は、
一番近い他人。
長く一緒にいるから、
相手を知っているようで、
実は、
「今、何を大切にしたいと思っているのか」
「これから、どんな人生を送りたいのか」
そんなことを聞いたことがない夫婦も、
少なくないのではないでしょうか。
そして、それは
相手のことだけではありません。
自分自身にも、
「私は本当は、どうなりたいんだろう」
「これから、どんなふうに生きたいんだろう」
と問いかける時間を持たずに、
毎日を過ごしている人も多いのだと思います。
自分のことなのに、
自分でも分からない。
それは、答えを持っていないからではなく、
問いかけられたことがなかったから、
考えたことがなかっただけ
なのかもしれません。
人は、
問いかけられて初めて、
自分の気持ちに気づくことがあります。
言葉にして初めて、
「私は、そんなことを望んでいたんだ」
と、自分で驚くこともあります。
そして、お互いの願いが分かれば、
違いは必ずしも対立ではなくなります。
同じでなくてもいい。
違うからこそ面白い。
違うからこそ補い合える。
違うからこそ、一緒に育てていけるものがある。
だから私は、
人生の大きな節目には、
問いかける人がいてもいいと思っています。
家を買うこと。
子どもが生まれること。
転職すること。
子どもが独立すること。
そんな人生の転機だからこそ、
「どんな暮らしを育てたいですか?」
「これから、どんな夫婦でいたいですか?」
「その未来のために、今どう在りたいですか?」
そんな問いを届ける人がいてもいい。
答えを教えるためではありません。
どちらかの意見を
正解にするためでもありません。
本人たちもまだ気づいていない願いに、
出会うきっかけをつくるためです。
家を買うというタイミングは、
物件を選ぶだけの時間ではありません。
家族がこれからの人生について、
改めて話し合える貴重な機会でもあります。
だから私は、
条件を整理するだけではなく、
家族の対話に、
適切な問いを届けられる人でありたい。
誰かの人生を決めるのではなく、
その人が自分の答えに気づくきっかけをつくる。
私は、その一人でありたいと思っています。
