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「善行はニュースにならない」──それでも、私は見ていた

駅のホームで、車椅子の方が電車に乗り込もうとしていた。

とある駅員により携帯型のスロープが、ホームと車両の間にそっと架けられた。私はその光景を初め、何気なく見ていた。

しかし、驚いたのは、その客が降りる駅に着いたときだった。
そこでは、すでに別の駅員がスロープを手に待っていた。
一度も目立つことなく、迷いもなく、その人を迎え入れるように。

それは彼ら駅員の中では当たり前のように行われている連携で、とてもスムーズだった。「これはもう、当然のこと」として準備されていたのだ。

みな、スマホに夢中か、寝ているか、友人と話しているかで、周囲を何気なく観察していたのは、私のような変わり者だけだろう。
その光景をスマホのカメラで撮る人は皆無だった。
手元にカメラがあるのにも関わらず……。

誰に見せるでもない善意が、こうして静かに社会を支えている。

けれど、私はふと思ってしまった。
──こういう話は、ほとんどニュースにならない。

事実ではなく、「目立つもの」が重視される社会

善行は静かで、目立たない。
その一方で、ニュースやSNSで大きく取り上げられるのは、たいていの場合「不祥事」や「不運」だ。

炎上、失言、暴露、違反、誹謗中傷──それらは“話題性”という名の光を集め、拡散されていく。

人々は正義感の名のもとに吊し上げ、怒り、同調し、さらなる情報を求める。だがその多くは、“真実”よりも“感情”を優先したものだ。

裏取りは不十分で、文脈は切り取られ、ひとつの「バズ」が現実より重くなる。その言われなき「バズ」で、人生を狂わせた人もいるだろうに。
そのことすらも、広がる風潮はない。

かつて報道には、事実を追い、真実を照らす使命があった。
けれど今は、数字が優先されている。
「正しいこと」より「目立つこと」の方が、価値があるのかもしれない──
そう思わされる瞬間が、年々増えている気がする。

SNSは、もっと露骨だ

SNSでは、誰もが発信者になれる。

一見民主的なその仕組みは、裏を返せば「誰でも“注目を集めるために”発言できる」ということだ。

共感を集めるために、強めの言葉が使われる。
過去の不幸体験が“今この瞬間の社会問題”として拡散される。
その一部は真実だが、すべてが全体の「傾向」ではない。
しかし読者は、そこにリアリティを感じてしまう。

──これは、“不幸の感染”だなと感じた。

悲しみも、怒りも、憎しみも、SNSという媒体を通すことで伝播する。
読んだ人の中に、「世界はどこまでも理不尽で、誰も信用できない」という印象だけが残る。

実際には、それは“例外”かもしれないのに。
その体験に共感することで、私たちは自分も“いつか被害者になる”と刷り込まれていく。

その結果、世界にうんざりして命を絶つ人もいるだろう。
本当は、陰ながら光り輝く、小さな善行であふれているのに。
それは決してネットでは見ることができない世界なのに。

炎上商法と、正直者が馬鹿を見る構造

炎上商法もまた、その延長線上にある。

悪目立ちをし、叩かれ、炎上し、それでもなお目立った者が“勝者”として生き残る。

一度注目を集めさえすれば、あとは「普通に振る舞う」だけで“更生した人”として支持される。

そうして得たフォロワーは、盲目的に擁護し、商品を買い、結果として巨額の収益に変わる。

ならば、最初から“炎上”を選ぶ方が賢いのか?
目立たない善行より、リスクを取った悪行の方が“成功”に近いのか?

そう考えてしまうことすら、すでにこの社会が“傾いている”証かもしれない。ほっとけば、いずれ社会はそうなっていく。

そうとしか思えない私も、ネットの情報に踊らされているひとりなんだろう。

それでも、私は「スロープを架ける人たち」を見ていたい

こうした社会構造の中で、私は人間に懐疑的になった。
ネットで見るのは承認欲求と自己保身ばかり。
真摯であろうとする人ほど、声を上げる余裕もなく、踏み潰されてしまうことがある。

──けれど、それでも思う。

あの日、ホームで見た駅員たちは、誰に言われるでもなく、誰に評価されるでもなく、静かに連携し、たった一人のためにスロープを架けた。

誰にも伝わらなくても、誰にも感謝されなくても、あれは確かに「良いこと」だった。

そしてその様子を、私は見ていた。
誰かが見ていれば、それは無意味ではない。
だから私は、こうして言葉に残したいと思った。

善意は儲からない。だからこそ、美しい。

善行はニュースにならない。
価値は“低い”のではなく、“目立たない”だけなのだ。

でもそれは、誰かの心を守る力がある。
ひっそりと灯る小さな善意が、この世界をまるごと変えることはないかもしれない。
けれど、私の世界を一度だけ救ってくれた。
それで、充分だと思うのだ。


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