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ゆるぎない想いを重ねて ~共感という船にのる~


五十代の航海録  荒波の先に見える、小さな灯り


海は、いつも静かじゃない

波は裏切るように荒れ、風は時に頬を打つ。

それでも、私はこの船を降りない。


五十代。

強くあらねばと自分に言い聞かせながら、心のどこかで、弱さが顔を出す。

ふとした夜、目を閉じると、これまでの時間が静かに押し寄せてくる。

懐かしいようで、痛いようで、「よくここまで来たな」と呟く声が、かすかに震える。


胸の奥で、何かが静かに揺れていた。

それは誇りとも、後悔とも、名づけられない感情だった。


安息の日は、まだ遠い

安息の日は、まだ遠い。

それでも歩みを止めないのは、誰かの言葉が、心の奥で灯り続けているからだ。

人生というのは長いようで短い。
驚く程に
生きている限り人生という旅の航海は続く。


人は孤独で、脆く、移ろいやすい。

けれど、不思議なことに、共感という名の船に乗れば、その孤独は少しだけ、やわらぐ。

波に揺られながらも、同じ船に乗る者たちの温もりを感じる。


それは、救いじゃないかもしれない。

でも、確かに支えになる。


私は強くない。

本当は、ずっと。

雨の日にため息をつくし、知られたくない涙もある。


だが、それでも進む。

足を止めると、"生きている"という実感が消えてしまいそうだから。

動き続けることだけが、自分がまだ生きている証明になる。


立ち止まれば、沈む。

だから、歩く。

たとえ、その足取りがよろめいていても。


この歳になっても、人生は試され続ける

荒波は容赦ない。老いという波も、喪失という波も、世知辛いこの世界も次々と押し寄せる。


けれど、それでも私はこうして

今日も、明日も、明後日も。

確実に、確実に、一歩を刻む。


若い頃のように速くは歩けない。

でも、止まらない。

それが、五十代という年齢を生きることの意味なのだと思う。


誰かの言葉に救われ、また誰かの心を救うことがある

誰かの言葉に救われ、また誰かの心を救うことがある。

それが人生の循環。


ゆるぎない想いを重ねながら、同じ船に乗る者たちと、夜明けの海を目指して、静かに舵を切る。

一人では辿り着けない。

でも、誰かと一緒なら、もう少しだけ進める。


共感という船は、豪華客船じゃない。

ボロボロの、小さな船だ。

でも、それでいい。

この船には、同じ痛みを知る者たちが乗っている。


心は時に壊れそうになる

心は時に壊れそうになる。

けれど、壊れかけた先にしか見えない景色もある。


それは、完璧な人間には見えない景色だ。

傷ついた者だけが見られる、柔らかな光。


それを知っているから

今日も私は、共感という船に、もう一度、乗り込む。

波に揺られながら、また誰かと出会う。

そして、言葉を交わす。


「あなたも、ここまで来たんですね」

「ええ、何とか」


それだけで、十分だ。


夜明けの海を目指して

夜明けはまだ見えない。

でも、確実に近づいている。


この船を降りる日は、いつか来る。

でも、今日ではない。

今日も、私は舵を握っている。


五十代の航海は、まだ続く。

荒波も、凪も、すべて受け入れながら。

ゆるぎない想いを重ねて、共感という船に乗り続ける。


それが、私の生き方だ。


あなたへ

もし、あなたも今、荒波の中にいるなら。

一人で船を漕ぐ必要はない。


共感という船に、乗ってください。

同じ海を渡る者たちが、ここにいます。

一緒に、夜明けを目指しましょう。

noteを通じてきっと光が見えるはず、私のような未完成で弱い人間でもまだ見ぬ光を求めて彷徨えるのだから。

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EX-FAX-CE | NOTE執筆家

「ロスジェネ氷河期的視点 ― 情に生き、言葉で立ち上がる」
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