家族の無事と朝の一杯と夜空のきぼう 50代の静かな豊かさ
50代の小さな贅沢
ここ数週間、疲れが少々たまり気味。
病院、訪問医療、父の数値、母の認知症。
自分の身体の疲れもあちこちで悲鳴を上げている。
“なんとか乗り切っている”という感覚が
毎日に張りついている。
そんななかで
ふと気づいたことがある。
いまの私は
大きな幸せよりも
ごく小さな“贅沢”に救われているということだ。
金でもない。
成果でもない。
見栄でもない。
丁寧に拾わないと見落としてしまうほど
静かで、ちいさな豊かさ。
それが
この年代を生き抜くための
ひそかな支えになっている。
家キャンの時間が、外の世界より落ち着くようになった。
家のなかで照明を落とし
湯気の立つコーヒーやランタンの灯りを眺めるだけで
胸のざわめきが少し静まる。
外に出る余裕がなくても
家の中で落ち着く空間を作るだけで
どこかへ旅に出たような感覚になる。
50代になってからの“逃避行”は
静かでいい。
広い世界に出なくても
小さな空間で満たされる瞬間が増えた。
小高い丘で、ただ眺めるだけの時間。
家の用事を終えた後に、
ふと立ち寄る小さな丘がある。
何も考えず
夕暮れのオレンジに染まる町を眺めるだけ。
風の匂いが変わる瞬間。
街灯がひとつずつ灯る瞬間。
遠くの車の音がゆっくり消える瞬間。
そのわずかな時間に
胸の奥のこわばりが、そっと溶けていく。
若い頃は
こんな時間の価値を知らなかった。
ISSきぼうが通過する夜は、宇宙と心の距離が縮まる。
ベランダから夜空を見上げ
白い点がスッと軌跡を描く。
ISSきぼうが通り過ぎる数分間だけ
地上の悩みが静かになる。
同じように月を見上げることもある。
遥か彼方、宇宙を望むと自分の悩みや辛さなど
小さなことだと感じる。
宇宙から見た地球で思い悩む自分をイメージしてみる。
そして宇宙の時間からすればこの今など
ほんの瞬きでしかない一瞬に過ぎない。
こういう時間を持つことで、
静音の芯を保ち、
不動心の心を鍛え、
前に進む。
父の容態
母の認知症
妻の体調
自分の身体の痛み
全部がいったん遠景へと後退し
空の静けさが
胸にゆっくり沈んでくる。
宇宙を見ると
人は少しだけ強くなれる。
50代になって、
それを実感するようになった。
家族が平穏無事で過ごせている時が、いちばんの贅沢。
病院帰りの夜
家の灯りが優しく見える日がある。
今日も無事だった。
それだけで胸が熱くなる。
何も“起きない”ことが
どれほど尊いか
ここ2年で思い知った。
平穏というのは
派手さのない幸福だ。
だが
この歳になると
いちばん価値がある。

緑茶やコーヒーの朝の一杯が、身体の芯に染み渡る。
朝の静かな家。
冷たいキッチン。
湯気が立つ音。
コーヒーの匂いが広がると
心がゆっくり元の位置に戻る。
高価なカフェより
家の中の一杯のほうが
深く沁みるようになった。
体力が落ち
集中力が散り
毎日が慌ただしくても
朝の一杯だけは
自分に戻れる。
それだけで、充分贅沢だ。
贅沢とは、派手さではなく“静穏”にある。
この歳になって
やっとわかった。
豊かさは
大きな出来事じゃない。
誰かの羨望でもない。
落ち着いて息ができること。
静けさを抱きしめられる時間があること。
家族が無事でいること。
自分の心の温度を保てること。
そこに、すべての答えがある。
50代の贅沢は
派手さより
静寂のほうに宿る。
ほんのわずかな時間でも
心が澄む瞬間を
これからも拾い上げていきたい。
そんな思いを抱き夜空を見上げて、一杯のお酒を飲む✨
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EX-FAX-CE | NOTE執筆家
「ロスジェネ氷河期的視点 ― 情に生き、言葉で立ち上がる」
「ゆるぎなく、まっすぐに」
「言葉は、再起動ではなく継続の証」
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