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削られてきた30年、それでも俺たちは立っている ロスジェネ氷河期的視点



石が、長い時間をかけて波に削られる。


その削れた断面には、誰の目にも映らない物語が刻まれている。

50代という地点に立つと、あの石の気持ちが分かる気がした。
削られて、摩耗して、それでも形を保とうとする。

強さとは派手な力じゃない。
静かに耐える覚悟の方だ。

ロスジェネ第一世代が背負ってきた30年は、まさにそれだった。

景気も雇用も希望も、揃わないまま逃げ場もないまま前へ押し出された。

就職氷河期。
非正規雇用。
突然のリストラ。
上の世代の価値観と新しい時代の変化、その板挟み。

"努力すれば報われる"なんて言葉は、とうの昔に嘘だと気づいていた。

それでも働いた。
立ち続けた。
壊れそうになっても、誰にも言えなかった。

そんな世代だ。

50代を迎えた今、周りを見渡すと同じ表情をした仲間がいる。

疲れているのに笑う。
諦めているのに戦っている。
傷ついているのに誰かを支えている。

それがロスジェネだ。

最近、気づいたことがある。

私たちの世代には"歴史的な役割"があるのではないかと。

それは、決して美談でも英雄物語でもない。
むしろ残酷な宿命に近い。

私たちは、家族の最後の"防衛線"になりやすい。

親の介護も、子どもの行き場のなさも、社会の歪みも、
すべて一度私たちのところで受け止められる。

なぜか。
ちょうど“真ん中”に立つ世代だからだ。

上を支え、下を支え、
自分の人生は後回しになる。

気づけば、誰かのために削られている。

しかし、ここにひとつの"矛盾した真実"がある。

削られてきた者は、
削られた分だけ、
"折れない場所"を持つようになる。

あの頃の挫折も、悔しさも、孤独な時間も、
全部が"耐える力"になっている。

それは若い頃には持てなかった種類の強さだ。

ロスジェネ氷河期第一世代は、
決して恵まれなかった。

でも、決して折れなかった。

この国のどの世代よりも、
静かに、粘り強く、誠実に立ち続けてきた。

だからこそ思う。

私たちの役割は、
"生き残ること"ではなく、
"生き方を示すこと"なのかもしれない。

うまくいかなくても立つ。
疲れても責任を放り出さない。
誰にも褒められなくても前を見る。
削られても、自分の形を諦めない。

それこそが、ロスジェネの矜持だ。

そして、50代になった今、
ようやくその矜持が言葉になる。

ようやく"思想"として語る段階にきた。

これは敗北の物語ではない。

時代に流されず、
時代に抗い、
時代とともに削られながらも生きてきた世代の、
静かで力強い"姿勢"だ。

削られてきた30年。

でも、その摩耗の先に宿った強さは、もう誰にも奪えない。

私たちはまだ立っている。
今日もまた、ひとつ前へ踏み出している。

誰かのためでも、時代のためでもなく、
"自分の生き方を全うするために"。

ロスジェネ氷河期的視点、その始まりは、ここからだ。

もしあなたも同じ時代を生き、
削られながらも立ち続けてきたなら

あなたに"削られた30年"はあるでしょうか?

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EX-FAX-CE | NOTE執筆家
「ロスジェネ氷河期的視点 ― 情に生き、言葉で立ち上がる」
「ゆるぎなく、まっすぐに」
「言葉は、再起動ではなく継続の証」

EX-FAX-CEとはロスジェネ脱線学 ▶ 一瞬永遠 ▶ 笑いの臨界点
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