晴れときどき疾風怒濤の帆船航海記
今日も船旅 第3回
フェリシモ「船部」では、帆船によりワインを神戸から横浜まで運ぶという現代版「下り酒」プロジェクトを2026年3月に行いました(詳しくはこちらをご覧ください)。
クルーズ客船やコンテナ船等では、神戸~横浜は23時間程度の航海が多いのですが、ワインと共に帆船「みらいへ」で5泊6日の航海となりました。
1 出港前夜まで
宮仕えの身の上なれば、わたくし船部部長は多大な業務調整を要し(船部ではなくて、本業がございます)、連日連夜残業祭りとなりました。おかげで疲労困憊となり、出発前日は息も絶え絶えの状態でした。
必要な着替えやタオル類、また乗船中も会社と連絡を要するためPC類、加えてカメラや400mm交換レンズ等を詰め込むと、地球の重力が2倍になったかと思うほどの重さで、まったくバッグが持ち上がりません(苦笑)。
2 神戸港を出発(2026/3/14)
帆船「みらいへ」が待つ中突堤中央ターミナルへ駆けつけると、UW旗(「ご安航を祈る」という意味の国際信号旗をUW旗と言います)持参の方々がお越しでした。皆さん、ありがとうございます!
お見送り、とっても嬉しかったです!!
UW旗の皆さんと一緒に記念撮影をしていただいて、いざ乗船!
颯爽とカッチョ良く乗り組むイメージトレーニングをしていたのですが、バッグが私には荷が重たすぎたようで、かつアフター残業お祭り男は体幹が極度に弱っていたようで、ギャングウェイ(=岸壁と船を渡す通路)で思いっきり足がふらついて、それをバッチリ船員さんに見られてしまい、「こりゃダサいわ」といきなり自分にガッカリです。
当日、神戸港では「客船フェスタ2026」が開催中で、中突堤には「飛鳥Ⅲ」が寄港中でした。
「飛鳥Ⅲ」の左舷を通っての出港です。帆船「みらいへ」では、UW1旗の国際信号旗を掲揚して、岸壁のUW旗を持つ皆さまへ「ありがとう」の返礼をしました。

出港後は、ポートターミナル西側に寄港中の「飛鳥Ⅱ」の姿も見えました。神戸港に集う飛鳥姉妹を眺めながら・・・自分は帆船で出港という、実に贅沢な体験でした。

3 大阪湾での錨泊と操練への参加
珍しく春霞もなく、視界(正しくは「視程」と言うと教えていただきました)も良好で、まさに航海日和!
しかし、外洋は大きなうねりで航海が難しいとのことです。そのため、関西空港沖にて、海況の回復を待って二日間の錨泊となりました。
その間を利用して、操練が行われました。非常時に備えた訓練のことを操練と呼びますが、法令に定めがあります(船員法14条の3第2項、及び船員法施行規則という省令に規定されています)。
まずキャプテンのお話を聴講して、3班に分かれてスタートです。
わたくし、海事代理士ですので、操練の種類は法的には理解しているのですが、実体験は初めてです。まず防火防水操練で、ベルが鳴り響くと同時に、私が「閉」のボタンを押下して、水密扉で密閉しました。水密扉は、物理的に水の侵入を遮断して、沈没を防ぐ施設です。密閉すると扉の向こうの音は完全に聞こえなくなりました。

次は、非常操舵操練です。ブリッジでの操舵が不能になった想定で、デッキのヘルム(舵輪)で操作する訓練でした。「右舷側(スターボードサイド)10度、その後左舷側(ポートサイド)20度まで舵輪を回す」という指示があり、舵輪をぐるぐる左に右に回すのですが、これがタイヘン!すっかり両腕が筋疲労となり、現代の操舵設備が整っていない、昔の船員さんのご苦労が良くわかりました。

もう一つ珍しいのは救命艇操練です。テンダーボート(船尾に設置されている小型ボート)を海に下ろして、本船から救命艇に乗る訓練をしました。
訓練後に、テンダーボートで陸に上陸させていただき、とても気持ちの良い淡輪ときめきビーチを散策しました。ボートから眺める錨泊中の帆船「みらいへ」の姿は実に美しく、先ほどの非常操舵操練の疲れも忘れて大興奮!!これはもう激写です。

4 いよいよ太平洋へ(2026/3/16)
もう船内で二泊もしましたが、まだ大阪湾です。
7時半からメスルームで朝食をいただきます。メスルームとはmess=食事のroom=部屋、という意味になります。船では食事が何より楽しみです。司厨長さんが朝昼晩の美味しい食事を準備して下さるので、毎回毎回感謝です。

朝食後に、本日15時にいよいよ抜錨と判明しました。いよいよ航海がスタートするのだ!とワクワクします。錨泊地は水深13mほどでしたが、泥質基質のため、錨及び鎖の洗浄が重要かつ大変みたいでした。

すっかり夕暮れとなった紀淡海峡へと向かいます。行き交う貨物船と島々を眺めながら、美しい景色に感動しました。その間も、ブリッジでは二名の航海士の方々により、安全で、確実な航海が続けられていました。これから、横浜まで、夜間もずっと航海の予定です。二名体制の交代で、操船・監視(=ワッチ)をするということです。

5 疾風怒濤の太平洋(2026/3/17)
すごい揺れで起床すると、潮岬へと進みつつありました。
潮岬から大王埼まで、とにかく大きなうねりで、船は揺れに揺れました。揺れているのは本船だけではありません。横を見ると、並走する貨物船「サルファーフロンティアⅢ」も激しく揺れ、船首が波に洗われていました。

こういう場合に心配なのは、船酔いです。
実は、私は船が好きなくせに、困ったことに普通に船酔いします。しかし、酔い止めを服用済のため問題ありません。
揺れるブリッジで自主的にワッチをしていると、なんとクジラを発見!人生初の生クジラに大興奮です。ブリッジにほぼ全員が集まり、しばしホエールウォッチングを愉しみました。船員さんは皆さん博識なのですが、クジラにも詳しく、尾鰭の様子から、種類を推定されていました。
その後、繰り返しの揺れに体が疲れを覚えたようです。ちょっと目を閉じたら、すっかりうたた寝を3時間ほどしていました。船内で船を漕いだおかげで体力が復活した模様で、晩御飯時はまるで中学生のような食欲でビックリしました。
うねりがとにかく強く、また風向きも悪いため、このまま太平洋を進むか、それとも伊勢湾に緊急避難するべきか、キャプテンは大変悩まれていました。航海は、本当に自然相手の難易度の高いお仕事です。

6 泰平の太平洋(2026/3/18)
昨晩は、揺れがひどく、寝る前のシャワーは自粛しました。一糸まとわぬ姿で、かつシャンプーを泡立てて洗髪などしている最中に動揺したら・・・超みじめな境遇に陥りそうです。しかし、シャワーで洗っていないためか、今朝は体がちょっとカユイ。。。
しかし、揺れがおさまったようです。
やれ嬉しや!今日はシャワーで洗髪できるかな、と思いながら朝食をいただき、その後ブリッジへ行くと、遠州灘を航行中です。伊勢湾避難は回避できたと知り、安堵しました。

ちなみに、今回の航海(神戸から横浜までの回航)のゲストは、私を含めてなんと二人です。もうお一人の方は、とってもお話の楽しい女性で、おかげさまで楽しい航海となりました。
というわけで、少数精鋭の(?)航海ですので、帆船のデッキは貸切状態という、実に贅沢な航海でした。

左舷には富士山や伊豆の山々、右舷には大島が見えます。船旅ならではの光景を、メインデッキにごろっと寝転びながら眺めるのは実に贅沢な至福のひとときです。なお、写真は無いのですが、夜空が最高にきれいで、デッキから天の川を見ることもできました!
星が、水平線から見えることを知り、大いに驚きました。

ここでトラブル発生です。船内の換気機器と船内シャワーが故障した模様です。大活躍されたのは機関部の方々です。機関長以下、他の船員の方と協力しながら、故障箇所を特定し、修理されました。即修理にあたられる機関長さんには、皆さんから厚い信頼が寄せられているようにお見受けしました。
7 再び疾風怒濤の東京湾(2026/3/19)
「今朝はもう東京湾だ」と起床すると、再びひどい揺れです。
デッキへ向かうと、波風が強く、雨ですっかり濡れていました。再び荒天の東京湾(中ノ瀬)で錨泊中なのでした。

ブリッジで東京湾航行の様子を見学していると、今年で運航停止となる客船「にっぽん丸」が横浜ポートラジオと国際VHF無線で交信する様子をキャッチしました!非常に貴重な場面に立ち会うことができて感動です。
本船も、キャプテンが国際VHF無線でぷかり桟橋へ着岸予定を伝えて、いよいよ横浜港へと向かいます。キャプテンから、「ここから発電機を2台動かします」と教えていただきました。船には発電機が2台搭載されていますが、通常は1台だけで電力を賄います。しかし、入港時は電力を多く使います。特に、バウスラスターという、船首側に設置の横方向に移動するための特殊なスクリュープロペラはモーター駆動のため、2台の発電機を稼働させる必要があるのです。
8 横浜到着
海図台には、横浜入港前に掲揚する国際信号旗がスタンバイされていました。この旗のセットでぷかり桟橋方面への進路表示になるとのことです。

さすが東京湾で、外航コンテナ船、内航コンテナ船、巡視船など、様々な船舶とすれ違います。船マニアなので、それらの撮影に私は大忙しです。ベイブリッジを潜ると、大さん橋10時出港のクルーズ船が「ZHAO SHANG YI DUN」が回頭中でした。その他、「にっぽん丸」と「飛鳥Ⅱ」がそれぞれハンマーヘッドと大さん橋に停泊中。さすが横浜港は大変賑やか!
中ノ瀬で一緒に錨泊していた、練習船の「銀河丸」も先に到着したようで、停泊していました。

本船は、ハンマーヘッドに停泊中の「にっぽん丸」の横のぷかり桟橋に、10:40頃に無事到着しました。
横浜港に到着したのは嬉しいのですが、その反面、6日間使用させていただいた船室を去るのは、少し寂しい感じもしました。
帆船「みらいへ」の司厨長さんが調理されたお食事ももうおしまいか、と思いながら、また次の乗船の機会を楽しみにして、下船いたしました。

今回の航海で、航海とは自らコントロールできない大自然に対して、いかに船舶の堪航性を維持して、海況に順応して安全に航海をするのかという、難しい判断の連続なのだと実感しました。
天気予報で「波浪注意報」と聞いても、あまり実感はなかったのですが、今は「波浪注意報」が気になって仕方がない今日この頃です。
余談:神戸に戻っても、翌朝まで、しばらく体がふらふらしました。船の揺れが体に染みついてしまったのでしょうか(苦笑)。
