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急がば回れ!!ではなく美しき琵琶湖を貫く東西縦走航路

今日も船旅 第4回


今回は湖国、滋賀県の船が主役です。琵琶湖を一周するビワイチが流行っていますが、琵琶湖一周ではなく縦走をしてみました。

1.水運が発達した琵琶湖

琵琶湖は世界で3番目の歴史を誇る古代湖であり、変化に富んだ地形や豊かな生物多様性、またそのような背景から成立した特有の文化も魅力です。
加えて、実は船の話題も豊富です。江戸期、丸小船という帆船が水運を担っていました。湖上を運ばれた物資は、大津で荷揚げされて都へと運ばれていました。特に西廻り航路(いわゆる北前船)が整備されるまでは、湖上輸送は殷賑を極めていたようです(注1)。明治になると汽船が就航しましたが、明治15年には長浜港と大津港を結ぶ日本最初の鉄道連絡船の運航が太湖汽船によって開始されました。東海道本線が全通する明治22年までは、湖上交通がメインルートでした(注2)。

2.今回の出発地は長浜港

明治の太湖汽船のルートをしのび、滋賀県長浜市から大津市まで、琵琶湖縦走の航海を楽しみました。ところで、「急がば回れ」という言葉がありますが、言葉の発祥の地は滋賀県です。

「もののふの 矢橋(やばせ)の船は速けれど 急がば回れ 瀬田の長橋」

矢橋(滋賀県草津市)から琵琶湖経由なら都まで近道ですが、湖上は天候急変リスクがあり、遠回りでも安全な陸路が結果として早く到着するよ、ってな意味ですナ。
が、今回は遠慮なく湖上を突っ切ります!

出発地の長浜には、明治15年築の旧長浜駅舎が保存されています(日本最古の駅舎!)。わが国初の無筋コンクリート造2階建て建築で、設計は工部省鉄道寮第3代建築首長T.R.シェルビントン、鉄道寮建築師T.M.ライメル・ジョンズら英国人技師とされています(注3)。

明治時代の連絡船への乗り換え駅「旧長浜駅」
窓に設けられた鎧戸とレンガの煙突。2つの煙突は設置された角度が違いますね

鎧戸、レンガの煙突など、近代建築のレトロ感たっぷりです。明治の鉄道連絡船の乗り換え風景を思い浮かべ、長浜港へと向かいました。

3.「megumi」について

長浜港には琵琶湖汽船さまの「megumi」が停泊していました。1階がガラス張りの客室、船尾の階段から2階のデッキに登ることが可能です。省エネ性能等に優れており、「シップ・オブ・ザ・イヤー2008 & 小型客船部門賞」を受賞しています。

「megumi」の右舷を真横から眺めた様子(長浜港)

正面から見ると、トリマラン(三胴)船型をしているのがよくわかります。この構造で、横揺れの軽減が図られるということです。

「megumi」の船首側(大津港で撮影)
もっと近づいて、トリマラン(三胴)船型の様子を観察

総トン数122トン、全長35.9mで小型ですが、乗船したら狭さは感じません。船内は、椅子とテーブルが並んでおり、飲食店のようですね。

「megumi」船内(客室)の様子

4.今回の航路について

現在は、明治の太湖汽船のように琵琶湖を縦走する定期航路はありません。しかし、毎年2月に「雪見船クルーズ」という臨時航路が設けられ、大津と長浜の間を1往復しており、今回は2026年2月に乗船しました(・・・原稿の執筆が遅くなり申し訳ないです)。なお、片道だけの乗船も可能ですが、乗船するには予約が必要です。

長浜から大津までの所要時間は、JRの新快速で約60分ですが、船の場合は約150分と倍以上!
新快速でも「まだ着かないのかな、うぅむまだ近江八幡かぁ〜」とあくびをしたり、硬めの座席のクッションによる坐骨への負荷から「あぁ、ちょっと疲れてきた・・・」ということもありますが、150分耐久琵琶湖縦走は大丈夫でしょうか?

5.快適な湖上の旅

「megumi」後部デッキから眺めた伊吹山

長浜港に停泊時から見える山は、滋賀県最高峰の伊吹山です。伊吹山は、世界一の積雪記録を有しており、1927年に11m82cmという驚くべき積雪記録があります(現在もその記録は破られていません)。いやぁ、雪見船クルーズにふさわしい山ではないですか。
そして左舷を見れば、長浜城の後ろに一際白く見える山が金糞岳で、滋賀県で2番目に高い山です。

「megumi」左舷に見えた長浜城と奥に見える金糞岳

私は、金糞岳ではシカやウサギに出会ったことがあり、ブナやミズナラ、ナナカマド等の落葉樹の森が広がるとても自然豊かな山です。平地では雪は溶けていましたが、雪化粧をした山々をバッチリ愛でることができました。

出港後、竹生島からの「リオグランデ」とすれ違い、その後「いんたーらーけん」ともすれ違いました。「いんたーらーけん」は乗船者がおらず、回航かもしれません。琵琶湖では船舶は輻輳しておらず、反航することもないだろうと思っていたので、立て続けに2隻と出会えて興奮しました!

竹生島発長浜行の「リオグランデ」と反航
回航中らしき「いんたーらーけん」とも反航

係員の方にお伺いしたところ、「megumi」は約16ノットとなかなかの俊足で航行中でした。

6.琵琶湖の中心で「海や!」と叫ぶ

船尾からの眺め。湖というより大海を航海する気持ちです

沖に出ると、湖という感じはしません。これは「海や!」
湖岸からの眺めでも海のように見えますが、航行中の沖は、さらに海っぽさが増します。

さて、大津までの間の目玉イベントは、白髭神社です。海中の鳥居といえば、厳島神社が有名ですが、白髭神社は湖上の鳥居で知られています。鳥居の沖で「megumi」は一時停船するサービスがあり、船内から参詣できるという、とても貴重な経験ができました。

白髭神社の鳥居前を航行して、船内から参拝させていただきました

いつも乗車する東海道本線(JR琵琶湖線)は、田園風景か市街地の風景が主体ですが、やはり湖上からの風景は全く異なり新鮮です。竹生島、沖島、多景島、沖の白石という琵琶湖にある島や、湖近くに迫る山々の景色が主体で、自然豊かな風景にすっかり魅了されました。

「megumi」の2階デッキは開放的で、琵琶湖の魅力を堪能することができました

7.南湖エリアへ

琵琶湖は、北部の北湖と南部の南湖に大別されます。北湖の方が面積が広く、かつ水深も深く、加えて水質も良いです。つまり、自然豊かです。

一方、南湖は琵琶湖大橋や、近江八景「堅田の落雁」で有名な浮御堂といった、人工的な見どころが増える傾向にあります。
船好きとして見逃せないのが杢兵衛造船所で、右舷側に見ることができます。ちょうど、「べんてん」「ミシガン」が入渠中でした。

杢兵衛造船所に入渠中の「ミシガン」と「べんてん」

その後、見えてきたのが有名な浮御堂です。背後の山は比叡山です。

浮御堂です。渇水の際は浮御堂付近の干上がった様子がしばしば報道されています

そうこうするうちに、風が一気に強まり、波も高くなりました。琵琶湖は地形的な影響もあり、天気が急変することがあります。確かに 「急がば回れ」 だと実感しました。「海じゃないから大丈夫」と甘く見てはダメですね。
しかし、「megumi」は大きく動揺することもなく、夕暮れの大津港へと、定刻より20分ほど早く入港しました。

大津港に集う「ビアンカ」と「うみのこ」

大津港には、「ビアンカ」(総トン数1,216.0トン)と「うみのこ」(総トン数1,210トン)が停泊していました。
「うみのこ」では、県内の小学5年生を対象とした一泊二日のフローティングスクールが行われています。何を隠そう、滋賀県出身の私も「うみのこ(初代)」でフローティングスクールをさせていただいた口です。船内でいただいたカツカレー、美味しかったなあ。初代よりも大型化した「うみのこ」を眺めて、小学5年生の頃のフローティングスクールを思い出しながら、大津港を後にしました。

さて、明治時代の旅客は、大津港で下船して、大津駅から汽車に乗って、京都や大阪へと向かいました。明治時代の大津駅は、今のJR大津駅の位置ではなく、京阪電車のびわ湖浜大津駅付近に位置したそうです。
ということで、明治時代をしのび、私はJRではなく京阪電車に乗車して帰路につきました。ちなみに京阪京津線は、大津市内は路面電車、急勾配と急曲線の逢坂の関を超えて、京都市内は地下鉄になるという、かなり面白い路線で、これだけであと1本原稿が書けそうでした!

8.琵琶湖の景色を堪能できる琵琶湖縦走

琵琶湖縦走耐久150分は「退屈するかも?」とやや懸念していましたが、景色が美しく、船旅ならではの楽しい充実した時間でした。結論としては、退屈するヒマがありませんでした。
明治時代の太湖汽船は所要時間が約210分でしたから、所要時間約150分は大幅な時間短縮です。明治の鉄船から令和の軽量トリマラン船という進化も感じることができました。

ご興味を持たれた方は、是非来シーズン(2月)にご乗船ください!
なお、琵琶湖汽船さまの係りの方によると、大津発は混むことが多く、長浜発の便の方が予約しやすい傾向にあるとのことでした。


【参考文献】