見出し画像

短編小説|虫にすら優しい人

春風に運ばれてきた一匹のテントウムシ。
何気ないその仕草から始まった、静かでやさしい恋の物語。
これは「優しさ」がゆっくりと心をほどいていくお話です。


第1章:ベランダとテントウムシ

「うわっ!」
アスカの小さな悲鳴に、ミナは飲みかけのビールを取りこぼしそうになった。

「どうしたの?」

「テントウムシ…テーブルに…」

アスカが指さす先には、確かに小さな赤い点。まだらの模様が見える。五月の風が運んできたのだろう。ベランダでの鍋パーティーは、ちょうど盛り上がり始めたところだった。

「あ、ほんとだ」ミナも身を乗り出す。

その時、ミナの隣にいた男性が、静かに立ち上がった。ヒロの同僚で、今日初めて紹介された――ショウタという名前だったはず。

彼は何も言わず、ティッシュを一枚取り、そっとテーブルに近づいた。ミナは「潰す気?」と一瞬不安になったが、彼の動きはとても緩やかだった。

ここから先は

4,982字

¥ 300

いただいたチップは、我が家のペットのごはんのグレードアップにつながります。応援していただけたら嬉しいです。