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南佳孝『スローなブギにしてくれ』——まだ荒削りだった時代の、言葉にしないかっこよさ

もうずっと前から、『スローなブギにしてくれ (I want you)』が好きだ。

この曲は、おしゃれというより、少し荒れていて鋭い。
綺麗に整えられた都会じゃなくて、どこか危うく、かたちの定まらない夜の匂いがする。

とくに、歌い出しの♪ Want you の「Want」のところ。
あそこにふっとかかるエコーが、なぜだかとても好きで、つい何度も聴き返してしまう。

すっと引いていくその残響が、言葉のあとに何かを残していくようで、
その”残ったもの”に惹かれているのかもしれない。


この曲は、片岡義男の小説を原作にした映画のために作られたものだという。

映画は観たことがないのだけれど、小説のほうは読んだ。

物語に出てくるのは、さち乃という少女だ。
高校をやめ、どこにも居場所を持たないまま、ふらふらと日々を過ごしている。

ある日、白いムスタングに乗せられていた彼女は、子猫と一緒に道路に放り出される。
そこでバイクに乗った少年・ゴローと出会い、物語が静かに動き出す。

けれど、この物語の登場人物たちは、あまり多くを語らない。
気持ちを言葉で伝えようとする場面はほとんどなく、行動だけがそこにある。

さち乃はただ泣き、ゴローはわざと乱暴にふるまい、酒をあおる。
言葉の代わりに、態度だけが残る。


さち乃の姿を追いながら、ふと、村上春樹の『羊をめぐる冒険』に出てくる、あの「誰とでも寝る女の子」を思い出した。

彼女もまた、高校生の頃に家を出て、どこにも定着せずに生きている。
喫茶店で煙草を吸い、コーヒーを飲み、本を読む。

ただ読むというよりも、むさぼるように、手当たりしだいに読み続ける。
本でさえあれば何でもいいという勢いで、「とうもろこしでも齧るみたいに」読み進めていく。

誰も彼女のことをよく知らないし、彼女自身も多くを語らない。
ただそこにいるだけのようでいて、確かな輪郭を持っている。


こうした人物が、説明されることなく物語の中に現れてくるのは、この時代のひとつの特徴だったのだと思う。

まだ少し荒削りな時代の空気と同じように、都市も、人の生き方もまた、整えられる前のかたちのまま、そこに置かれていた。


南佳孝のこの曲に描かれる世界も、小説より少し大人びてはいて、わずかにハードボイルドな手触りがある。

あまりしゃべらない。
本音を言わない。
それでも、欲望は確かにある。

その不器用さが、この曲の芯になっているように思う。


歌詞には、「人生はゲーム」という一節がある。
うまくやれないことも、うまく伝えられないことも含めて、それが人生だと言い切るような響きだ。

そして「強いジンのせい」という言葉も出てくる。
「人生」と「ジンのせい」を重ねるように、どうにもならないことを軽く受け流す。

諦めにも似た、その軽やかさが残る。


曲調は、ゆったりとした三連のリズムが続く。

その揺れは、人生の波をかき分けて進んでいく足取りのようでもあり、
あるいは、強い酒を飲んだあとの、少し心もとない歩き方のようでもある。

どちらとも言い切れない曖昧さが、むしろ心地よい。


「おまえが欲しい」と願う。
けれど、それを素直に言葉にはできない。

この曲や小説に出てくる人たちは、どこか不器用で、それでも妙に魅力がある。

そしてきっと今も、そういう人たちはいるのだと思う。
ただ、その輪郭は、以前より少し見えにくくなっているのかもしれない。


整っていないことが、かっこよかった時代があった。

『スローなブギにしてくれ (I want you)』は、
その空気を、そのまま残している。

あの「Want」にかかるエコーも、
語られなかったものの一部なのだろう。

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