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お兄ちゃんがいない夏休みが始まった瞬間

僕は次男。
いつも学校から帰ると、真っ先にお兄ちゃんの部屋へ向かう。

夏休みを控えた登校日。
今日は、お兄ちゃんの部屋が静かだった。

クーラーもついていない部屋は、
もわっと蒸し暑い。
いつも青く光っているパソコンの画面が、真っ暗なままだった。

夕方、お父さんから聞かされた。
兄ちゃん、明け方に救急車で運ばれてそのまま入院したから。
いつ帰ってくるかはわからん、と。

今日から夏休み。
外は風もない、
ねっとりとまとわりつく空気だ。
本当ならクーラーの効いたこの部屋で、夜遅くまで遊ぶはずだった。

そうだ、病院へ行こう。

僕は考えるより先に、マスクを握りしめて夜の暑さの中へ飛び出した。
息が苦しいのは、マスクのせいか、焦っているせいか。

……行けるはずだった。

玄関を出て数歩走ったところで、僕は立ち止まった。

お兄ちゃんがどこの病院にいるのか、
なにも聞いていなかった。

僕はスマホを持っていない。
お父さんに電話したくても、かける手段がない。

あ。

iPadがある。
いつもお兄ちゃんとゲームの通話で使っている、僕のiPad。
FaceTimeなら、かかるはずだ。

僕は汗だくのまま、蒸し風呂みたいな部屋へ駆け戻った。
震える指で発信ボタンを押したのは、お父さんじゃなくて、お兄ちゃんの名前だった。

呼び出し音が3回鳴って、画面がパッと切り替わる。

「……もしもし? なにしてんの、こんな時間に」

スピーカー越しに聞こえたのは、少し重くて、でも間違いなく、いつものお兄ちゃんの声だった。

「お兄ちゃん! どこに入院したの!?」

僕が息を弾ませて聞くと、お兄ちゃんはめんどくさそうに息を吐いた。

「知らん。まさか来るつもりか、お前」
「だって――」
「俺もどこかしらんから、来れねーぞ。あとな、小学生の見舞いは禁止なんだってさ。残念だったな」
「……」
「ちゃんと頭洗って、歯磨きして寝ろ。じゃあな」

プチッと一方的に通話が切れた。

真っ暗な画面に、汗だくの僕が映っていた。

ぬるい風が吹く静かな部屋で、
握りしめていたマスクを、そっと机に置く。

こうして、僕の夏休みが始まった。

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