最初の星の物語 第4話 目覚め始める特殊能力者たち
ヴェクトリア・ミスリットは馬を回したまま
暫くの間その場から動こうとはしなかった。
ほど近い場所から流れてくるイストリアのみに
生息している特有の七色のジャスミンの香りが、
ほんの少しではあったが風が運んできていたのを
五感が感じ取っていたからであった。
「ヴェクトリア様?」
腹心であるスミス・ライルは懸念な表情で
北部に一心に目を向ける隊長に声をかけた。
彼は副官の立場であったが、まだ彼女が
特殊能力に目覚めている事を知らずに声を
かけていた。
まるで消えゆく灯のような切ない瞳から
ガレッドたちの事を考えている事は察する
ことは出来たが、予定を変更して撤退した
事に関して彼は疑問の心を持っていた。
ガレッド・バレリーは老いてはいたが、
戦の駆け引きや、この目覚めにより、
間違いなく屈強な騎士になっている事は
スミス・ライルでも訳無く理解できる
ことであった。
彼女の美しい金髪がそよ風の便りのように
揺れた時、確かめようとはしなかったが、
スミスは彼女の瞳から涙が流れたように
見えた。
その時のそよ風には七色のジャスミンの
香りは去ったように消えていた。
ガレッド・バレリーは最後まで戦い抜いて
イストリアへの誓いを果たした事を思うと、
彼女の心は敬愛と悲しみにより、一般の兵士
の誓いとは違い、祖国に身を捧げる意味を
理解している事に敬意を表していた。
ヴェクトリアは再び馬を回す時に彼がいたで
あろう方角に向かって礼節を腹心に分からない
ようにして取って、振り返る事無く城に戻って
行った。
時刻は朝の7時を迎えていた。
民衆や一般の騎士の多くが目覚める中、一部の
騎士たちは眠りについたままだった。
慌ただしくしているのを騎士たちが静めている
時、ヴィクトリアはガレッドの腹心のカタルと
ゾイルから話を聞いている最中であった。
二人はガレッドの死を惜しみ涙していたが、
カタルだけが一瞬の朝日の光により、敵を
目にしていた。
今まで見た事も無い狼男がライカンスロープと
なるのを見たと言い、それに加えてゾイルも
見ていた共通の行動もある事を伝えていた。
それは奴等は人間を喰らいはするが、殺した
人間には全く興味を示さないと言うものだった。
配下の騎士たちを喰らおうとしていたが、
頑丈な鎧兜で簡単には牙は立たず、鎧と兜の
隙間を狙って首ごと喰らっていたと両者ともが
見ていた。
そして奴等のおかしな所があった事にも
戦いの中であっても不思議に思っていた。
それは騎士たちを殺そうとはしなかったと
いうものであった。
カタルやゾイルは難なくライカンスロープを
倒せていたので、明らかな殺意を抱いて殺しに
きていたが、騎士たち相手にはそれが無かった
というものだった。
ヴェクトリアは二人の話を聞きながら、
腑に落ちない点はあったが、同時に納得のいく
ものでもある事に見極め始めていた。
あの不自然な僅かな時間をかけて、ジャスミンの
香りが消え去るように徐々に消えて行った理由は、
彼の強さを表していて、例え死人だとしても
ガレッドの場合はその亡骸さえも、もう
この世には存在さえしないというもので
あろうと思うと、胸の苦しみで振り向いて彼等から
目と会話を逸らした。
二人の話ではガレッドは異常なまでの強さだったと
言っていた。だから大丈夫だと思い殿を
任せる事に不安は無かったと。
つまりはカタルが見た狼男たちは我々で言う騎士で
あることが分かるわね。ということは束ねる大将や
副将的な存在もいるという事になってくるはず。
ガレッドが敗れたのは、ボスのような相手による
ものである確率は飛躍的に高くなったと言えるわ。
ヴェクトリアは振り向いたまま、ガレッドに起きた
事を詰めていっていた。
しかし、これまで見たことも無い狼男は一体どこ
から現れたのかをまずは調べる必要があるわね。
700騎のうち生きて戻れたのは百名足らずだったわ。
二人の話通りであればワーウルフの数は数千いる
ことになる。騎士団のほとんどが目覚めて
きたから防御態勢を敷けばまず城が落とされる
事は無いはずよ。もうすぐ9時になるけどまだ眠り
から覚めない騎士や国王陛下たちは能力者である
ことはほぼ間違いないと言えるわ。
今、目覚め始めたから分かるけど、遅く目覚める
には何かの理由があって、特殊能力者たちばかり
だと言う点に繋がりがあるのは間違いないわ。
彼等の能力に適した場所や任務に当たらせる
ように再度、軍を編成しなおしたほうがいい
わね。
でも不安は尽きないわ。私たちだけでは無い
はずだから、もしかしたらもう滅びた国も
出ているのかもしれない。
ヴェール国からの返事もまだ届いてないみたい
だし、わたしの能力はどうやら範囲内でないと
判別できないみたいだから困ったわ。
ガレッドの強さはけた違いだったと二人の話から
推測すると、私の力では敵いそうもないから
一体どうしたらいいのか分からないわ・・・。
彼女は自然と深いため息を吐いていた。
それは静けさしかない部屋にいる者たちにも
はっきりと聞こえるほどのものであった。
腹心のスミス・ライルは初めて主が本音を
出している事にやや驚いてはいたが、
ガレッドほどの者が殺された事の真偽に
疑いの心が僅かに残っていた。
ヴィクトリアが何かの能力者で、それを
知る事の出来る能力者ではないのだろうか
とスミスは感じていた。
そうでなければ本来は助けに行くはずで
あったのに、僅かな望みさえあれば絶対に
引き返したりしないほど聡明な駆け引きで
助け出しに行くのを知っていた。
それだけにヴィクトリアは能力者である
事は間違いないと言えるが、主から話す
までは沈黙を守るべきだと考えていた。
事実、ヴィクトリアは自分の能力の全てを
把握してはいなかった。
というよりは、能力が段々と火種から
燃え盛る炎のように、体が現実的に
熱くなっていく度に強さを増している
ような感覚に襲われていた。
西のヴェール国では大勢の兵士が
目覚め始めていた。
その中でも一際目立つ華麗なドレスを着た
女性が目覚めた瞬間でもあった。
彼女の名前はエルディン・ヴェール。
王国の王女であるだけあって気品を漂わす
風格を備えており、まだ若く歳は16歳で
あったが彼女は直感で自身の変化に
目覚めた瞬間に気づいていた。
それは奇跡のような偶然ではなく
歳に似合わない才女の資質による
ものだった。
彼女は何かを呟きながら窓の方へ
歩いて行くと楕円形の金色の枠で
出来ている窓を開いた。
青空で舞う飛び鷹は急降下してきて
空けられた│縁《ふち》の辺りに
そっと舞い降りた。
エルディンはハヤブサの足につけられて
いる右足の赤い小さな筒の中にある紙を
取り出した。
そして飛び鷹の左足に付けられていた
布からは七色のジャスミンの香りが
透明な煙のように漂っていた。
イストリア王国からの手紙だと知ると、
エルディンは父がいる王室へと足を
運ぶために部屋から出ようとした。
部屋の外には彼女の従者である
アリエルがサッと振り返り安堵の
表情を見せて問いかけてきた。
「エルディンさま!お目覚めになられた
のですね。御身体は大丈夫ですか?」
その言葉は何かの能力をアリエルも
有している意味の含みに彼女は
気づいた。
「大丈夫。わたしよりもあなたは
問題ないの?」
アリエル・バジルは改めてエルディンの
聡明さに驚かされた。
一言の会話から特殊能力者だと
見抜かれたからだった。
「お気にかけて頂き
ありがとうございます。
わたしは大丈夫です。
ただ王族でお目覚になられたのは
エルディンさまだけでございます」
彼女は少しの戸惑いの色を出したが、
少し深い一息をはくと手の中にある
手紙を差し出すように前に出した。
「これは…イストリアからの手紙
でしょうか?」
│仄《ほの》かな香りからアリエルは
推察して尋ねた。
「そう。でも御父様たちはまだお目覚めに
なってないのなら、わたしが見るわ。
何かが起きた事だけは確かよ。
げんにハヤブサを送って来たのが
何よりの証拠だわ」
彼女は小さな巻き物の手紙を開いて
読み始めた。
アリエル・バジルはじっと彼女を
見つめたまま口からの言葉を待っていた。
エルディン・ヴェールは目を流すように
手紙を読み終えると小さく頷いた。
「この手紙の内容は意味をなさないわ」
アリエルは意味が分からず困惑した。
「どういう事でしょうか?」
「この手紙を出したのは、おそらく
新兵か見習い兵の誰かだと思うわ。
つまりは最初に目覚めたものの誰かが
書いて送ったはずよ」
従者の女は主に語りかけた。
「拝見してもよろしいでしょうか?」
彼女は同調の頷きを見せて
小さな手の中にある手紙を手渡した。
アリエルは両手で手紙を受け取ると、
優しく手紙を開いて読み始めた。
「確かに…これはエルディンさまの
言う通りだと言う事になりますね。
王の印字も押されていませんし、
言葉も王家や貴族の者では無い
ような言葉が使われています。
エルディンさまの仰る通り
状況は変わっている
可能性は高いと思います。
一体何が起きているのでしょうか?」
「わたしたちに何かが起きたのは
確かだけど、わたしたちだけに
起きたとは思えないから、兄様たちが
お目覚になられたら何か分かるかも
しれないわ」
「イストリアへの返事は
どうなさいますか?」
「わたしたちの身の安全を御心配して
下さっている内容だから、わたしたち
の国に悪意を持った敵が近づいている
のかもしれないわ。
でも・・・何故心配なされているのかが
腑に落ちないわ」
「エルディンさまの仰る通り我々には
守護神たちがおられますので、どんな
敵かは分かりませんがどんな相手で
あろうとも、彼等に敵うような者は
いないはずです」
エルディンは何故かアリエルの話を
聞いていないように背を向けて窓に
止まっているハヤブサに目を向けた。
そして暫く見つめながら時折小さな
頷きを見せていた。
「え⁉ そんな・・・」
彼女は突然、愕然として床に落ちる
ように座り込んだまま黙り込んだ。
アリエルは主であるエルディンの能力は
動物と意思疎通ができるものだと理解を
示して、そっと彼女の肩に手を伸ばした。
「エルディンさま。一体何が起きたので
しょうか? エルディンさまの能力は
分かりましたので、ハヤブサは高き所から
何かを見たのではないのですか?」
彼女の肩に触れている暖かい手に
エルディンはそっと手を乗せると
弱々しくも精一杯握っていた。
「ガレッドさんが戦死したと言ってる。
でも、それよりも大変な事が起きている
と、この子は言っているわ」
アリエルは驚きつつも、誰にやられた
のかを彼女に尋ねた。
「あの方は歴戦の兵です。
簡単に倒されるような方ではありません。
戦いの駆け引きも得意な優秀な腕利きです。
一体誰に殺されたのですか?
それに何が起きているというのでしょうか?
エルディンさま、お願いですから
教えてください」
彼女は心もとない姿を見せながらも、
先ほどまでのような冷静さは欠けていたが、
弱々しくもゆっくり立ち上がった。
それを支えるかのようにしてアリエルは
彼女の体を支えながら、十分に横になれる
程の大きなソファまで運んでいくと、
飲み物をグラスに注いで持ってきた。
どうぞと言わんばかりに座っている彼女に
差し出すと、エルディンは受取り小さな口で
一口では無くごくごくと喉が渇き切った時の
ように飲み干した。
彼女はソファの前にある厚手のガラス作りの
テーブルにグラスを置くと話し始めた。
「ガレッドさんは見たことも無い狼のような
姿をした白い人間によって戦死したと言って
いるわ。イストリアはわたしたちの盟友の
ガーランド族を助けるために、ガレッドさん
は少数で救出に向かわれ大勢が命を落とした
みたい。人間のよな狼の群れは多勢だった
けど、ガレッドさんは一人残って足止めを
していて多くの敵を倒したけど、群れの中
でも一匹だけ白い狼がいて、一瞬で彼は
敗れたと言っている。
だけど理由は分からないけど、ガレッドさん
は自分自身で命を絶ったと言っているの」
「狼のような人間ですか・・・しかも群れ
をなしていてガーランド族の救出のために
命を落とされたのは、ガレッドさんらしい
行動ではありますが、自刃した理由は幾つ
か考えられます。
しかし、それよりもそのような化け物は
確かにこれまで見た事はありません。
もしかしたら北部の奥地にいたのかも
しれませんが、我々だけでなく、イストリア
でも大勢が目覚めていないとなると、
草原の戦さ人の民も大勢の犠牲が出たものと
思われます」
二人は打つ手が見出せず黙り込んでしまった。
手が無いわけではなかったが、ヴェール国で
最初に目覚めたのは新兵や見習い兵が最初に
目覚めてから、遅く目覚めるほど特殊能力を
覚えているものが圧倒的に多かった。
基準は強さによるものであるとアリエルは
熟慮の末に決定づけていた。
エルディンはまだ誰も目覚めていない時から、
ヴェール国の上空を旋回していたハヤブサから
その話を聞いていたので、理解していた。
二人ともが違う場所から同じ情報を得ていたが、
考えている事は全く同じであった。
「「あの方々は・・・」」
同時にはなしを切り出した時に、二人の思いは
同じだと話さずとも理解できた。
そしてアリエルの方から話を切り出した。
「神木に住む方々はまだ誰も起きてはいない
でしょう。少なくとも今日が過ぎるまでは……」
そう言いかけて彼女は言葉を飲み込んだ。
「どうかしたの?」
「いえ。まだ動けない赤子がいるのでは
無いかと思っただけです」
「あ、たしかにそうだわ。でも今、あの森へ
入れるのは……」
「そうです。
エルディンさまだけでございます」
僅かな長い時間が頭の中で巡っていき、
主は従者の目を見た。
「アリエル、ついてきて。イストリアの手紙
から何か恐ろしい事が迫っているのを感じるの。
赤子がいる場合に備えて荷物をお願いね。
わたしは王家の証である秘宝の剣を御父様の
部屋から取ってくるわ。今は少しでも時間が
惜しいからすぐにいきましょう」
「では私の腹心にだけ話しておきます。
王女様が従者一人を連れて出かけると
なると、騒ぎになりますのでフードを
深く被って、寒さよけの口当てをしてから
城門前近くの厩でお待ち
しております」
エルディンは無言のまま首を縦に振ると、
アリエルは彼女の部屋から出て行った。
