Rice Portraits | フランチェスカのリゾット🇮🇹
現在、北イタリア・ピエモンテ州にある食科学大学の修士課程でFood Communication and Marketingを学んでいます。
私は料理をしている人の隣に立つ時間が好きです。食べ物を通じて、その人の偏愛に近い哲学や、身体に染み付いた家族や土地の記憶に触れると、自分の知的好奇心がううう、と刺激されます。笑
私のRice Portraitsについて🌾🌍
食科学大学で出会った食好きな世界各国の友人たちの「米料理」を入口に、その人の人生や文化を聞いていく連載です。
米は、日本だけのものじゃなかった。そんな当たり前のことなのに、自分のアイデンティティが少し揺さぶられた気がしました。
友人たちの米料理を知ることで、日本で育った私にとっての「ご飯」とは何なのかも、同時に見つめ直していきたいと思います。
留学先での私の最初のフラットメイトは、イタリア人の女の子だった。
ローマの隣にあるアブルッツォ州出身で、両親はレストランを営んでいる。本人も料理が本当に上手で、引っ越したばかりの2026年春、私は彼女からアスパラガスのリゾットの作り方を教えてもらった。美味しすぎて、「え、レストラン、、?」と感動したのを覚えている。

リゾットは「乳化」の料理
リゾットは、「出汁(=ブロード)」を取るところから始まる。
玉ねぎ、セロリ、にんじん。
これら「ソッフリット」と呼ばれる香味野菜のベースと、アスパラガスの硬い部分を一緒に鍋に入れ、そこに水をたっぷり注いで弱火で最低30分は煮込む。水の色が野菜の色に変わるまで。この時点でパスタより時間がかかる。

面白かったのが、具材の扱い方だ。
フランチェスカは、アスパラガスを先端と柔らかい部分に分け、柔らかい部分は細かく切っていた。リゾットでは、全てを一気に調理するのではなく、「中に混ぜ込む具材」と「最後に乗せるトッピング」を半分ずつに分けることが多い。そして中に混ぜ込む具材は、小さく切り揃える。


その理由の一つは、「mantecare(マンテカーレ)=乳化」という工程にある。リゾットでは、米から出たでんぷんとブロード、さらにバターやチーズなどの脂肪分を結びつけることで、全体をクリーミーに乳化させていく。
そのため、具材は目立ってはいけない。彼らは均一な食感の中の構成要員に過ぎないので、大人しくしておかなければならない。アスパラガスなら、柔らかい部分は①リゾットに溶け込ませる具材と②ソース用に分けられ、③フレッシュな穂先のみ最後に乗せて食感のアクセントにする。
ここに、一皿の中に食感のバラエティを出そうとするイタリア人の美意識を感じた。
イタリアでリゾットに最もよく使われるのは、「カルナローリ carnaroli」というお米である。熱帯ジャポニカ米の中粒米であり、日本米よりも細長く大きく、白っぽい。これは「心白」と呼ばれる部分が大きいからで、周りが溶けても中心が残ることで、「アルデンテ」の食感を実現できるらしい。イタリアのお米は、気をつけないとすぐパサパサする。

フランチェスカは、生米をまずオリーブオイルで炒めていた。この工程を「tostare(トスターレ)」と言う。米の表面をコーティングし、中心に芯を残しやすくするためだ。

その後、米が少し透明になってきたら白ワインを加え、ブロードを少しずつ足しながら、15〜20分ほど鍋を混ぜ続ける。私は鍋を混ぜる担当になった。
混ぜる際に習った、彼女からの大事な教訓は二つある。
①常にリゾットをブロードにcoperto(覆われた状態)にしておくこと。
あと何杯足すの?ってくらい、どんどんお玉でブロードを足していく。
②とにかく混ぜ続けること。
ちょっと気を抜くと、「gira gira! 混ぜて混ぜて!」と言われる。笑
そうすることで、米の表面からでんぷんが外へ出てくる。それがブロードと混ざり、クリーミーなソースになっていく。これがさっき言った「乳化」でで、「far uscire l’amido(でんぷんを外に出す)」と表現される。
つまり、生米に火をかけ始めてから20分以上は、ほぼ鍋の前から離れられない。
しばらくしていい感じになってきたら、味見をして米の硬さを見る。実際、フランチェスカは「もっとゆるくていいよ」と言いながら、最後までブロードを足し続けていた。「お皿に盛ると冷えて固まるから、波打つくらいじゃないとダメ」だそう。
最後にバターと大量のチーズを加え、豪快に混ぜる。

数分置いて状態を休ませる。そしてお皿に盛ったあと、皿の底をバンバン叩いて、リゾットを平らに広げていた。最初は驚いたけれど、均一な状態を作るという意味ではかなり合理的なのかもしれない。最後にオリーブオイルとチーズ(仕上げのいつメン)を好きなだけかけて完成。
ちなみに食べ方は絶対にフォーク。それをすっかり忘れて、スプーンを出したら怒られた。ここにも、「プリモ(一皿目)」であり、「パスタの仲間」という感覚が表れている気がした。
イタリアのリゾット、「スープリゾット」と呼んでもいいですか
リゾットは、お皿に盛ってからも米がブロードを吸い続ける。
だからなのかわからないけれど、イタリアのレストランでリゾットを頼むと、洪水並みにソースも一緒によそわれていて、シャバシャバの状態で届く。「スープパスタ」ならぬ「スープリゾット」だ。
日本のイタリアンレストランで食べるリゾットとはかなりイメージが違うことに驚いた。


「米を炊く」のではなく、「米も煮込む」
私は自然と日本のお米との違いを考えていた。
日本のお米は、表面のでんぷんによるツヤが美しい。一粒一粒が完成品として存在している感じがある。小さい頃、ドラえもんの中でジャイアンが「お米には神様が宿っているから、一粒も残してはいけない」と言っていたのを、今でも覚えている。また、日本では「お米は甘くなるから、よく噛んで食べなさい」と言われることがある。
一方で、イタリアでは、米はスープや煮込み、ソースの文化の中に組み込まれているように見えた。もちろん単純化はできない。でも、日本では「米そのもの」を味わう感覚が強いのに対し、イタリアでは米は周りの素材と一緒になって完成する。つまり、「米を炊く」のではなく、「米も煮込む」。その違いはかなり大きい気がした。
その考え方は、リゾットの調理法そのものにも表れている。
リゾットは、米から出たでんぷんとブロード、さらにバターやチーズなどの脂肪分を乳化(mantecare)させて初めて完成する料理だ。米は主役でありながら、同時にソースを作る材料でもある。水と脂を、米のでんぷんでつなぎ、とろみのある一皿へ仕上げていく。その感覚は、パスタソースを作ることにも少し似ている。
個人のセンスに委ねられた、具材の遊び心
フランチェスカがリゾットに使う具材はかなり自由だ。
キノコ、カボチャ(ゴルゴンゾーラとくるみを合わせる)、ビーツ、紫キャベツ、イラクサ、サフラン、ズッキーニ、ポロ葱など。
以前、別の友人(ローマの高級レストランでシェフをしていた)に、洋梨とペコリーノチーズのリゾットも作ってもらった。梨とチーズの組み合わせはイタリアではかなり定番らしい。クミンや何種類もの野菜を何時間も煮出したブロードに、シロップ漬けの梨と大量のチーズが入っていて、さらに上には梨のチップスが添えられていた。芸術だ!!!と思った。

ヴェネト州出身の友人のお母さんが作ってくれた、ラディッキオとスペックとパルミジャーノのリゾットも忘れられない。

イタリアのリゾットは、具材が決まっていないところに、作り手のクリエイティビティや自由度を感じる。季節の素材を使うこと自体にワクワクしている感じがある。甘じょっぱかったり、「Buonoooo!それ絶対うまいやつ〜!!」って言わせる組み合わせ選手権みたいな。笑
なぜ北イタリアで米が主食化したのか
リゾットについて調べていて、一つ疑問が浮かんだ。
「なぜイタリア人は、パスタより時間のかかる米料理を、わざわざ主食として食べるようになったのだろう。」
正直、「パスタでいいじゃないか。」とも思ってしまう。
調べてみると、リゾット文化が発達したのはイタリア全土ではなく、主に北イタリア、特にロンバルディア州やピエモンテ州など、ポー川流域の地域だった。
一方で、お米そのものが最初にイタリアへ入ってきたのは南部だという。8〜11世紀頃、シチリア島を支配していたアラブ人たちが、東方の文化とともに米を地中海へ持ち込んだとされている。ただ、この頃の米は主食ではなく、薬用や高級食材、あるいはスパイスやデザートの材料に近い存在だったらしい。つまり、「米」は南から来たのに、「リゾット文化」は北で生まれた。
では、なぜ北だったのだろう。
ポー川流域には広大な湿地帯と豊富な水源があり、稲作に適した環境があった。さらに15世紀頃になると、修道士たちが灌漑技術によって湿地を水田へ変え、ミラノ公国もそれを農政として後押しした。米は単なる輸入食材ではなく、「飢饉に備えるための大量生産できるカロリー源」として、政治的にも育てられていったのである。つまり外から来た食べ物を、新たに「主食」として定着させるには、大きな力が必要なのだ。
水利。
灌漑技術。
政治。
共同体。
そういうものが揃って初めて、やっと人は「毎日食べるもの」を変えられる。
さらに面白いのは、その後の味覚形成だった。
北イタリアは、オリーブオイルよりもバターやチーズ、ミルクなどの乳製品を多用する地域である。寒い土地では高カロリーの食事が求められたことも背景にあると言われている。だからこそ、「米+ブロード+バター+チーズ」という組み合わせが、その土地の食文化と驚くほど相性が良かった。そこで生まれたのが、米のでんぷんを引き出し、ブロードやバター、チーズと乳化させるという、現在のリゾットの基本形だった。さらに北イタリアでは、サフランや白トリュフ、チーズ、ワインなどの高級食材とも結びつき、リゾットは「しっかり食べる料理」として発展していく。実際に食べてみても、私はあまりリゾットを「コンフォートフード」だとは感じない。そこがお粥や雑炊とは違うところだと思う。むしろ、かなり濃厚で、メインとして身体に入ってくる料理だと思った。
「もっと混ぜて。」
「もっとブロード足して。」
「まだ固い。」
私はこの日リゾットのレシピを覚えたというより、フランチェスカにとって「美味しい」は、最後まで混ぜ続けることなんだということを教えてもらった気がしている。
