お下がりに疲れた末路
夏休み終わるのに今週は仕事と健康診断で潰れる私ですどうも
私は女だらけの末っ子に産まれ、姉達が自由奔放な生き方過ぎて若干過干渉に育てられていた
小5まで朝服を自分で選ぶ事は無く、それが当たり前だと思ってた
姉のお下がりを着ている事も多少不満はあれど、それが当たり前だと思ってた
高校に入ってからも全て自分で選べた訳でもなく買ってもらう時に決定権は母にあった
そういう積み重ねを繰り返した結果お下がりや貰い物を嫌とは思わない人間になり
『元カノのネックレスが何で家にあるのよ!』
ではなく
『あ、貰えるの?物に罪は無いしラッキー』
に変わっていった
それでもやっぱり自分で選びたい、決断したいと思う事はある訳で
以前飼っていた魚(ベタ)を自分で選べなかった 名前も決められなかった
とある物が欲しいから誕生日に買ってほしい(高い物ではない)と言ったら
私の好みを全無視した物や家にあるからと結局お下がり
又は『こっちにしたら?』 『こっちのが似合うよ』
善意なのかもしれない
自分の購買意欲の掃き溜めなのかもしれない
特にこだわりが無いと思われてるのかもしれない
めっちゃあるんだが?
くれる事は嬉しい 有難い
でもそういうことじゃない
無自覚マウンティングメンバーに囲まれて見ないフリをしてきたけれど
今回だけは譲れない
と言う訳で、自分で考えて自分で決意した

何かしらを飼いたいと思いつつメリットデメリットを考えていた時に何となく行ったペットショップで出会ってしまった
目が合ってしまった
帰ってからも頭から離れずに
『来週いたら飼おうかな』と思っていたけれど
『居なかったら絶対後悔する』と思い翌日仕事帰りに購入
今までは『どうせ私が世話するのに決定権無いのえぐいな』と感じていた
それがどうだ、自分で選んだ魚は可愛くてしょうがない
ベタは餌をくれる人を覚えて顔を見せに来てくれる
夏休み期間に世話をしすぎでストレス溜まったというのに何故飼ってしまったのだろう?
分からない…分からないけれど、手間も含めて癒しな存在であるという事だけだ
オマケ

