【小説】Lv.5 技術の神業 VS 機械地獄の俺 〜プロの手は何に使うべきか?〜
今、俺の腕は患者を救うためじゃなく、
電子カルテに数字を打ち込むためにある。
この手は、いつから温もりよりも効率を求めるようになったんだろう。
プロの手って、こんなもんだったか?
夜勤中、俺は電子カルテの前にいた。夜中の3時。もう眠気と疲労で意識が遠い。点滴更新のため、クリック、クリック。俺は今、看護師というより、夜間データ入力係兼輸液ポンプのアラーム処理班だ。俺の時給は、入力作業にこそ価値がある。もうKMS(カルテ・メタボリック・シンドローム)で意識が飛びそうだ。
ふと、画面に何かが映り込んだ。
白いシルエット。古い看護服。
……まさか、まただ。
「もう飽きたよ、この展開‥今度は誰なんだよ‼️って‥白衣の天使の銅像じゃねぇか!」
俺の目の前には、明治時代の看護服。胸には赤十字の腕章。
凛とした立ち姿の萩原タケ。日本看護婦協会初代会長。第1回ナイチンゲール記章受章者。
「あなたは、その機械で何をしているの? 命を弄んでいるの?」
「いや、弄んでるのは俺じゃなくて、俺の残業時間と精神を弄ぶ、この残業代のつかない電子カルテです!」
萩原タケは、俺の前に仁王立ちになり、優雅でいて、有無を言わせぬ声で問い詰めた。
「よろしい。では、今夜、あなたが点滴更新の処置をしたとき、何人の患者を音で!光で!!振動で!!!叩き起こしましたか⁈」
俺は凍り付いた。点滴更新? そんなの、夜間のルーティンだ。起こすな、なんて意識、ない。
「え‥? 全員起こしました‥ってか、音を立てなきゃ点滴更新できませんよ!音を立てなきゃ輸液ポンプが仕事したことにならないんです!」
萩原タケの眼光が鋭く光る。
何か言われる前に俺は続けた。
「萩原さん、あなたは戦場で一瞬で苦痛を終わらせる技術を磨いていたかもしれない‥俺たちには、その技術を磨く時間も、その神業に見合う加算点数も、心もないんです!」
萩原タケは‥‥成績優秀で動作も機敏、器用で気配りも抜群だったと聞く。戦場で負傷者を数秒で止血したとか、包帯を巻く手が音もなく流れるように動いたとか。憧れんよな、やっぱり。
俺は‥冷たい看護師と言われても構わないから、患者の苦痛を一瞬で終わらせる技術を磨きたい。でも、その時間と心の余裕を、書類と夜勤の疲弊が奪う。技術が磨けないなら、俺はただの不器用で、疲れた、役に立たない人間だ..。
(俺は思い出した。 10分おきに吸痰が必要な患者さん。なかなか気道に入りづらく四苦八苦した。その時、見ていた家族はポツリと言った。「優しいだけの看護師さんより、一瞬で気道に入れてくれる看護師さんのほうがいい。」と。技術こそが、最高の優しさだと、俺はあの時知ったんだ‥)
萩原タケは言う。
「あなたの時代は、バイタルも機械が測ってくれる。素晴らしいわ。しかし、その機械が示す98%の酸素飽和度を見て、あなたは本当に安心しているの?私が測っていた脈拍には、機械には映らない患者の不安や隠された苦痛が隠されていた。あなたの眼と手は、その神業的な観察を、記録という名の義務で放棄していないか?」
「それはバイタル・イリュージョンですか?」
「はぁっ⁉️」
「すみません、何でもないです。」
バイタル・イリュージョンは俺の造語だ。モニターの数値は正常なのに、患者さんの顔色や呼吸の「嫌な予感」が的中し、急変の予兆を感じ取る看護師特有の第六感のことだ。この造語は職場では好評だが萩原タケには不評らしい。
数年前‥輸液ポンプのアラームを止めるために電子カルテから顔を上げずに手を伸ばした。あの時、点滴ルートが首に巻きついていた‥俺は機械に翻弄され患者の苦痛を見過ごしたんだ‥。
「機械が示す98%に安心なんかしてません!でもよ、異常に気付かなかった記録より、記録し忘れた異常の方が、俺たちを潰すんですよ!萩原さんは人道のために戦った。俺たちは、訴訟のために戦ってるんです!」
「笑止!それでは、あなたの手は、魂のない記録に飼い慣らされてしまうわ。 技術は希望よ。書類に埋もれる中でも、たった15分でいい。誰にも見えない場所で、あの時憧れた技術を磨くことを、私に誓いなさい。」
萩原タケの勢いは止まらない。
「あなたの時代に、看護師の技術が『加算』という数字でしか評価されないと知ったら、私は国際会議で怒鳴り込んだでしょう!」
「でも、その『加算』がなければ、この病院は潰れる!もう俺たちは技術のプロじゃない。『病院経営のサポーター』だ!」
「‥‥私に謝りなさい‥。私が育てた看護師の手は、戦場でも患者を癒したわ。」
「書類を終わらせるプロにならなきゃ、家に帰れないんです。最早書類が本体なんです!俺の体は書類を書くためのキーボードの台座で、魂は電子カルテのログの中に吸い込まれてるんですよ!」
「……それは、看護師というより、もはや『カルテの幽霊』ではないの?あなたが嘆くその電子カルテに、水際立った包帯の巻き方や、患者が気づかない点滴交換の神業は記録できるの?書類は病院の過去しか残さない。真の看護師の技術は、患者の心と、後輩の記憶にのみ残るのよ!」
俺は顔を上げた。
その顔に夜勤の疲労だけではない、確かな技術への憧れが蘇った。
「‥‥わかりました。誓います。誰にも見えない場所で、新人の頃に憧れた神業を、少しでも取り戻す努力をします。それが、俺の専門職としての最後の誇りです。」
俺は先輩たちを思い出す。寸分の狂いもない、静謐な機能美のような包帯の巻き方、どれだけ暴れる患者にも血管のない患者でも一閃で道を通す点滴や採血の技術。
あんなふうに俺もなりたい。
夜勤明けのコンビニの帰り道。俺はスマホの動画で、「音を立てない点滴交換」の技術解説を探していた。サボテンの世話をする前に、自分の手を世話しないといけねぇな‥。
「書類を捌くプロ」になる前に、「人を救うプロ」の魂を取り戻す──そう誓って、俺はスマホの再生ボタンを押した。
萩原タケ編で手に入れた武器
Lv.5 技術:プロフェッショナルの矜持
(完)
⚠️【注意書き】
本作品はフィクションであり、作中に登場する萩原タケ氏は、実在の歴史上の人物ですが、その言動および解釈はすべて創作です。KMS(カルテ・メタボリック・シンドローム)もバイタル・イリュージョンも著者の造語です。電子カルテや夜勤、診療報酬に関する発言は、あくまで現代の看護師が抱える葛藤を表現するための架空の対話であり、ご本人の思想、歴史的な事実とは一切関係ありません。
萩原タケ(はぎわら たけ)
1873年〜1936年
日本看護婦協会初代会長。日本で最初にナイチンゲール記章を受章した3人の一人であり、戦場での献身的な活動や高い技術で知られるプロの技術の象徴。
日清戦争や北清事変など幾多の戦場に従軍し、災害救護にも身を投じた。
彼女の存在は、制度の枠を越えて看護の尊厳を築いた「プロフェッショナルの原点」として、今なお深い敬意とともに語り継がれている。
――萩原タケは、俺たちに 「技術の神業を諦めるな」 と叫んだ。
命の現場の過酷さは、時代が変わっても変わらない。
藤岡陽子さんの『晴れたらいいね』 は現代の看護師が、終戦間近のマニラで従軍看護婦として生きる物語だ。
医療資源も技術もない地獄の戦場で、頼れるのは 「命を背負ったプロの意志」 だけ。
萩原さんが磨いた 「神業」 は、夜勤の電子カルテ地獄から逃げるための言い訳じゃない。
あの時代の彼女たちのように、極限の場で患者の苦痛を一瞬で終わらせるための――
俺たちの最後の誇りなんだ。
書類を捌くプロになる前に。
人を救うプロの魂を、この本で取り戻せ。
⚠️Amazonアソシエイトはしておりません。
質問箱もひっそりやってます。
https://note.com/qa/famous_tern245


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