小澤征爾さんと、音楽について話をする
作家の村上春樹さんが、指揮者の小澤征爾さんと音楽について対談した本。村上春樹さんは、音楽が大好きで、演奏はできないけれどいつも音楽を聴いていたいので、若いころに作家になる前はジャズ喫茶を開いていたくらいです。クラシック音楽のレコードもたくさん集めて聴いていて、とても造詣が深い方です。
その春樹さんが、いろいろな指揮者やオーケストラ、演奏家のレコードを聴き比べながら、各時代の様々な音楽家に対するエピソードや音楽に対する取り組み方などをインタビューしていきます。小澤征爾さんは、ニューヨークフィルのバーンスタインやベルリンフィルのカラヤンなど高名な指揮者に若いころに師事してアシスタント指揮者をしているので、どのように彼らの音楽が作られているかやそれぞれの特徴、その中でどのように小澤さんが音楽を学んでいったかなどが詳しく書かれています。
中ほどからは、小澤さんがオーケストラを指揮するようになって、いろいろなオーケストラでのグスタフ・マーラーの演奏を他の指揮者の演奏とも聴き比べながら語ることで、ベートーベンなどの古典音楽から現代音楽につながる音楽の歴史や音楽の創造について語っていきます。
後半は、晩年に小澤さんがウイーン国立歌劇場の音楽監督を務めたのにからめて、日本ではまだなじみが少ないオペラについて、若いころからの勉強や指揮のエピソードも交えて語られています。カラヤン先生から受けた「シンフォニー・レパートリーとオペラは指揮者にとって車の両輪みたいなもので、どちらが欠けてもうまくいかない。」とのアドバイスなどは、オペラになじみが少ない日本にいては分からないことではないでしょうか。
最後は、晩年に小澤さんが始めた奥志賀とスイスのレマン湖畔での若い音楽家向けの教育プログラムについてです。村上春樹さんが実際にスイスでのサマープログラムに参加し、最初はバラバラだった学生の演奏を約一週間でジュネーブとパリでの素晴らしいコンサートに仕上げるまでをレポートし、小澤さんへのインタビューも行います。若いころに小澤さんが斎藤先生から受けた音楽教育を次の世代に伝える熱意には頭が下がります。
全体を通して、音楽について語りながら、他の分野にも通じる創造の秘密や創作の方法について語られています。特に村上春樹さんが小説の創作と照らし合わせながら鋭い質問を投げかけているので、他の分野の人が読んでも分かりやすい内容になっているのではないでしょうか。私は建築設計が専門の仕事ですが、自分の職業に引き寄せても参考になる部分がたくさんありました。音楽を通して、ひとつの分野の勉強の仕方について語られている本とも言えるので、若い人が読むと特に参考になるのではないかと思います。
<未来を創るヒント>
有名なピアニストのグレングールドのベートーベンピアノ協奏曲第3番を聴きながら、グールド演奏の独特の間の取り方が東洋につながる独自の世界になっていて、後年の内田光子さんも同じところで間を取っている話や、村上春樹さんがマーラーの音楽の雑多性や様々な民族的な要素が混ざってユニバーサルとも感じられる点について質問しているところで、小澤征爾さんが「ユニバーサルな余地って確かにあると思います。日本人、東洋人には独自の哀しみの感情があります。そういう心のあり方を深いところで理解し、しっかり選択を行っていけば、東洋人が西洋人の書いた音楽を演奏する独自の意味も出てくる。僕はそういう可能性を信じてやっていきたいんです」と語っている部分に、小澤さんの世代が取り組んできたことと、その後に続く若い世代が取り組むべきことのヒントが示されていると感じました。
