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家に帰るのが怖くなった日――家族との距離、そして人生の再出発

大学を卒業してから、いくつもの仕事を経験してきた。

不動産会社。

土木会社。

鉄道会社。

そして、運送会社を経て、今の自分が働いていたのは――おしぼり屋だった。

この仕事は、意外にも自分に合っていた。

飲食店やパチンコ店、ゲームセンターなど、いろいろな場所へおしぼりを届ける。

そこで出会うオーナーさん。

店長さん。

従業員さん。

毎日のようにいろんな人と話をする。

「ありがとう」

そう言ってもらえることが、何より嬉しかった。

もちろん、体力的にはきつい。

それでも、人と関わることが好きだった自分にとっては、かなり充実した仕事だった。

職場の人間関係も悪くない。

むしろ良かった。

だから、この仕事を辞める理由なんて、特になかった。



あの日、娘が車道に飛び出した

ある夏の日。

家族4人で海水浴場へ行った。

嫁と娘2人。

砂浜で遊んで、もちろん海にも入った。

思いっきり遊んで、帰る頃には自分も嫁も疲れ果てていた。

駐車場へ戻る。

嫁は次女をチャイルドシートへ乗せ、自分は長女と荷物を車に積み込んでいた。

当時、長女は3歳。

自分が荷物を積み込んで――

ほんの数秒。

ふと振り返った。

「あれ……?」

娘がいない。

遠くを見回す。

すると――

娘が車道へ飛び出していた。

一瞬、頭が真っ白になった。

「危ない!」

自分はすぐに娘のところへ走った。

車が来ていないか確認する。

すると――

なんと、運良く一台のパトカーがハザードを点けて止まっていた。

本当に、ギリギリだった。

心臓が止まるかと思った。

もし、あの場所にパトカーがいなかったら。

もし、普通の速度で一般車が走ってきていたら。

そう考えると、今でもゾッとする。

娘には何も起きなかった。

それだけが本当に救いだった。

「子どもは目を離すとすぐいなくなる」

そんな言葉を聞いたことはあった。

でも、あの日、自分はその意味を身をもって知った。

家に帰ってからも、しばらく気持ちが落ち着かなかった。

本当に何もなくてよかった。

心からそう思った。


仕事は充実していた

おしぼり屋に勤めて、2年半ほどが経った。

仕事自体は楽しかった。

人と関わることも好きだった。

職場にも大きな不満はない。

それなのに――

少しずつ、別のところで問題が起き始めていた。

夫婦の関係だった。



「いつ帰ってくるの?」

仕事が終わる頃になると、嫁からLINEが来る。

「いつ帰ってくるの?」

自分は、

「もうすぐ帰るよ」

と返信する。

そして、寄り道することなく真っ直ぐ家へ帰る。

家族と過ごすために帰っていた。

でも――

家に帰ると、ため息をつかれる。

最初は気にしないようにしていた。

「疲れてるのかな」

そう思っていた。

掃除機をかける。

娘たちと遊ぶ。

家のこともできる範囲でやる。

それでも、嫁はどこか不機嫌そうだった。

何が不満なのか。

自分には分からなかった。

何をすればいいのかも分からなかった。

そして、そんな日々が何ヶ月か続いた。



家に帰るのが嫌になった

気づけば、自分は家に帰ることが嫌になっていた。

仕事が終わる。

車に乗る。

自宅へ帰る。

駐車場に車を停める。

エンジンを切る。

そして――

そのまま30分くらい、車の中でボーッとする。

「家に帰ったら、またため息をつかれるのかな……」

そんなことを考えていた。

もちろん、嫁が何を考えていたのかは分からない。

自分にも悪かったところはあったと思う。

でも、その当時の自分には、

「なぜこうなっているのか」

それすら分からなかった。

「もしかして、この仕事をしていることが嫌なのかな?」

そんなことまで考えるようになった。

そして、ふと思った。

このままでいいのか?



だったら、資格を取ろう

自分は、思い立ったら行動するタイプだった。

そこで考えた。

「資格を取って、スキルアップしよう」

そして見つけたのが、職業訓練だった。


内容を調べてみると、かなり魅力的だった。

テキスト代などを除けば、ほぼ無料で専門的な勉強ができる。

「こんないい制度があるのか」

そう思った。

自分は電気設備関係の学科へ進むことにした。

面接もあった。

筆記試験もあった。

そして、約20人ほどのクラスで半年間学ぶことになった。

目標は、

第二種電気工事士。

そして、

第一種電気工事士。

資格取得を目指して、勉強を始めた。



半年間の別居生活

ただ、一つ問題があった。

職業訓練校と、自分たちが住んでいる場所がかなり離れていた。

自分の実家からなら通うことができる。

そのため、自分は半年間、実家から職業訓練へ通うことになった。

いわゆる、夫婦の別居生活だった。

週に一度くらいは嫁のところへ行った。

娘たちとも一緒に過ごした。

家族で団らんする時間も作った。

それでも――

嫁は、あまり何も言わなかった。

そして、相変わらず不機嫌そうだった。

ある時、自分が後ろから抱きしめようとすると、

「やめて」

と言われた。

その瞬間、

「自分はもう、男として見られていないのかな……」

そう思った。

かなり辛かった。



新しい仕事へ

半年間の職業訓練を終えた。

そして、自分はプラント系の会社へ就職することになった。

しばらくは実家から通勤した。

そして試用期間も終わり、正式に雇用された。

そこで嫁に、

「そろそろこっちに来て、一緒に暮らさない?」

と話した。


嫁は、

「いいよ」

と言ってくれた。

自分は少し安心した。

そして、アパートを借りた。

これで、また家族4人で暮らせる。

そう思っていた。

しかし――

夫婦の距離をさらに広げる出来事が起こった。



「飲み会に行ってくる」

ある日、嫁が言った。

「職場の飲み会に行ってくる。遅くならないから」

自分は、

「分かった」

と答えた。

別に飲み会へ行くこと自体は、何とも思わなかった。

ところが――

23時。

帰ってこない。

0時。

まだ帰ってこない。

終電も終わっている。

「どうやって帰ってくるんだろう」

そう思った。

自分は迎えに行けるように、お酒も飲まずに待っていた。

そして――

午前1時。

玄関のドアが開く音がした。

嫁が帰ってきた。

その時、自分は娘たちと布団に入っていた。

起き上がって、

「おかえり」

とだけ言った。

嫁は驚いた。

「起きてたの?」

そう言われた。

自分の中には、一つの疑問があった。

「どうやって帰ってきたんだろう?」

タクシーなら、かなりのお金がかかる。

でも、それ以上は聞かなかった。

もし聞いて、もし自分が一番聞きたくない答えが返ってきたら。

そう考えると、怖かった。



少しずつ壊れていく日常

そこから、さらに違和感が増えていった。

自分の晩御飯が用意されなくなった。

嫁と娘たちだけで晩御飯を食べる。

自分は一人で食べる。

気づけば、近くのラーメン屋で晩御飯を済ませるようになった。

そして、ある日思った。

「嫁は、離婚したいんだろうな」

そう思うようになっていた。

でも、確信はない。

だからこそ、余計に苦しかった。



ついに、ぶつかった

それから3日ほど経った。

嫁から言われた。

「なんで不機嫌なん?」

自分は不機嫌だったわけではなかった。

ただ、ずっと心の中にモヤモヤしたものがあった。

だから、全部聞いた。

今まで感じていたこと。

疑問に思っていたこと。

自分が苦しかったこと。

嫁がどう思っているのか。

いろんなことを話した。

そして――

大きな口論になった。

感情がぶつかった。

もう、家にいることが苦しくなった。

自分は家を飛び出した。

そして――

実家へ帰った。

この時、自分はまだ知らなかった。

この出来事が、自分の人生をまた大きく動かしていくことになるとは。



第11話・あとがき

振り返れば、この頃の自分は、

「仕事」

「家族」

「夫婦」

その全部を何とか守ろうとしていた。

でも、人間は何でも一人で抱え込めるほど強くない。

家族を守りたい。

仕事も頑張りたい。

自分自身も成長したい。

そう思えば思うほど、少しずつ自分の中に無理が積み重なっていたのかもしれない。

そして、この実家へ帰った出来事をきっかけに、また人生は大きく動き始める。

次回、第12話。

ここから先は、自分にとっても簡単には語れない話になっていく。

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