【ショートショート】金木犀 #風まかせ文芸部
金木犀
ある秋の夜。高田は窓を開けてソファに横になっていた。
窓からは夜風に乗って金木犀の香りが部屋の中まで届いた。
テレビをぼーっと見ていると窓の方から音が聞こえた。
男が侵入してきた。
「現金か金目のものを出してもらおう」
「待て、私はお金持ちでないぞ。金は持っていない」
「そんなはずはない。とりあえず、窓を閉めろ。近所の人に声が聞かれてはかなわんからな。それにおれは金木犀の匂いが嫌いなんだ」
男の手にはナイフが握られていた。
高田は素直に従って、窓を閉めた。
「しかし、なんで金木犀の匂いが嫌いなんだ」
「親父に殴られていた幼い頃を思い出すんだ。あいつめ、笑いながら殴りやがって。そんなことはどうでもいい、金をよこせ」
「金ならないぞ」
「いや、そんなことはない。おれは何日か前からお前のことを付けてたんだ。お前の派手な生活は知ってるぞ」
「そうか、下調べはしてるんだな。その割には雑な仕事だな」
「なんだと」
「そこまで調べてるなら、私なら不在を狙う。それにナイフなんか使わない」
「うるさい。お前は状況が分かっているのか」
高田は男の手元を見た。ナイフを握るその手は震えていた。
「分かっているさ。おれは空き巣なんだ。お前のような雑な仕事を見ると腹が立つんだ」
「空き巣なのか?」
「そうだ、1ヶ月前にJ町で起きた空き巣事件を知っているか」
「資産家の家から1億円を盗んだあの事件か」
「そうだ。最近、羽振りが良いのもそのためだ」
「しかし、俄には信じられんな。証拠を見せてみろ」
「いいだろう」
高田は金庫に向かい、中から現金と犯行に使われたであろう黒の目出し帽や上下のジャージを取り出した。
「おお、金だ。そいつをよこせ」
「いや、お前にはもっといいものをやる。おれの技術だ。金をやるのは惜しいからな。それにおれも親父に殴られて育ったからな。同情するところもある」
「いいだろう。どんなことを教えてくれるんだ」
「交渉成立だな。一から教えるさ。しかし、おれはスパルタだぜ」
その日から2人は共に仕事を行うようになった。
高田は男を殴って教えた。事前調査に失敗し、侵入した時に家人と出くわしてしまった日には、何度も殴って教え込んだ。
1年が経過した。また金木犀の季節がやってきた。
ある夜、2人は次の狙い場所について話し合っていた。
「高田さん、そろそろ独立させてくれ」
「何を偉そうなことを。お前に1人でできるわけないだろ」
「やれるさ。もうあなたから学ぶことはない」
「だまれ」
高田は男を殴った。
「うんざりだ。何かあれば殴りやがって」
高田は男の反撃にあった。
窓に頭を打ちつけた。辺りには窓ガラスが飛び散った。
「よくもやりやがったな。恩を仇で返しやがって」
「何が恩だ。今まで散々殴りやがって」
男は高田を何度も殴った。
「分かった、独立させてやるから殴るな」
「お前がこんなに弱いとは知らなかったぞ」
高田は床にうずくまっていたが、ふと顔を見上げた。
男は笑いながら拳を握っていた。
割れた窓からは金木犀の香りが秋風に乗って入ってきていた。
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