嫉妬の中で、おいでやす小田さんを呼ぶ
いつも素敵だなあと憧れている人がいる。
その人の発信を参考にしていて、
その考え方に助けられることもある。
でも時々、ものすごくうらやましくて、嫉妬心を抱く。
その人にはその人の、表に出さない苦労や悲しみがある。
さすがに私は大人なので、そんなことは百も承知だ。
それでも、だ。
なんでそんなにうまくいってんだよ!いい生活してんだよ!と
ひがまずにいられない。
その人が自分の反抗期の話をしたときなんて、
あー、そうですか。
そうやってイライラして、態度に思い切り出せて、
親に当たれる環境だったんですね。
やっぱ生まれた環境だよね!
私なんかそんな態度出したら、どんな目にあっていたか!
・・・と、勝手に自分と比べて落ち込んでしまったくらいだ。
そういう気持ちって、当然心地良いものじゃない。
そんな気持ちになるのが嫌で、もやもやと思考を巡らせ、
またどこかで嫉妬して、自分を責めて。
その繰り返しだ。
あるとき、またその嫉妬の感情で、暗い沼に落ちていくような
気持ちになった。
そのとき、頭の中だけど、思い切り正直に大きく叫んでみたのだ。
「あーーーー!! ねたましいーーーー!!」
そしたら、不思議と少しすっきりした。
そうそう、私、そう思ってるんよね。
ひがんでるし、ねたんでるし、なんかずるい!って思っちゃうんよね。
その人は自分と関係ないのに、比べて、自分がみじめになるんよね。
で、そんな自分が、一番嫌なんよね!
そういう、自分でわかっているつもりだった気持ちを、
改めて認識したというか、
「本当にそう思っていると認められた」気がしたのだ。
嫉妬しているのはわかっている。
でも意外とその感情をちゃんと「感じていない」のかもしれない。
嫉妬心が湧くと、心が防御反応を取る気がする。
この感情を感じると危険だよ、また落ち込むよ、と。
だから無意識にストップさせて、思考で蓋をする。
それは自分の感情にバツをつけて、
いつまでも認めないことなのかもしれない。
でも「ねたましい!!」と心の中で素直に叫べば、
「ほんまそうよな!!」ともう一人の自分がすぐさま共感してくれて、
救われるような気がする。
そうしたら、意外と暗い気持ちをひきずらないのだ。
理解されたい、共感されたい。
いつもそう思っているはずなのに、
実は自分が一番、自分に理解がないのかもしれない。
考えるな、感じろ、ってこういうことかなあ。
そこから、嫉妬心や怒りを感じたときは、
まず正直にその気持ちを心の中で大声で叫ぶようにしてみた。
そのうち、大声と言えば、あの人やん!とひらめいた。
あの少し丸みのあるフェイスラインに、
妙に生真面目な表情を浮かべてキレ散らかす、チャーミングな人。
そう、おいでやす小田さんである。
ダークな気持ちになったときは、
すぐに心の中においでやす小田さんを召喚し、
あの大声で私の気持ちを叫んでもらうのだ。
「なんでやーーーー!!」
そうすると、ありのままの気持ちだけど、客観的にもなれて、
なんだか少し笑えるのだ。
嫉妬や怒りって気にならなくなることもあれば、
何年たとうが、幸せを感じていようが、なくならないものでもある。
でもそれも、今生きている自分の一部なのだから、仕方ない。
生きるって本当に大変だし、
叫んだところで嫉妬する状況が変わったわけでもない。
それでも心の中に、そのままの自分の居場所がちゃんとある、
それを自分が守っていければ、少しでも笑えれば、
それでいいのかもしれないな、と思うのだ。
なのでおいでやす小田さん、これからもどうぞよろしくお願いします!
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