世界の偉人シリーズ|第8話 早川徳次 シャープ創業者・発明で日本を変えた男
世の中には、
優秀な発明家は多い。
だが、
「人が毎日感じる小さな不便」
を執拗に見つめ、
それを一生かけて消し続けた人は少ない。
巨大な理想ではない。
世界革命でもない。
もっと小さい。
・削るのが面倒
・持ち運びが不便
・家事が大変
・機械が大きい
・使いにくい
そういう、
日常の小さなストレスだった。
そしてその積み重ねが、
後に日本人の生活そのものを変えていく。
そんな人物だった。
早川徳次
「シャープペンを発明した人」
しかし彼の本質は、単なる発明家ではない。
・壊れては立て直し
・失っては作り直し
・不便を見つけては改善する
ことを一生繰り返した、極めて現場的な人間だった。
1893-1980|SHARP創業者。
【町工場から始まった】
早川徳次は、東京の下町で育った。
裕福ではない。
幼い頃から働き、金属加工や職人仕事を覚える。
彼は、最初からエリートではなかった。
学者でもない。
財閥出身でもない。
現場の人間だった。
だから彼は、
理論より、「実際に使えるか」
を重視した。
この感覚が、
後の Sharp を決定づける。
【シャープペン誕生】
1915年、
早川は、繰り出し式鉛筆を開発する。
後の「Ever-Sharp Pencil」である。
現在では当たり前だが、
当時の鉛筆は削る必要があった。
短くなる。
手が汚れる。
削る手間がある。
そこに彼は、
削らなくていい鉛筆を持ち込んだ。
彼は、単なる文具を作ったのではない。
「面倒を減らした」
のである。
そしてこの商品名に入っていた
「Ever-Sharp」
が、後の社名になる。
Sharp
つまりこの社名そのものが、
便利にする
鋭く改善する
無駄を削る
という創業者思想から生まれている。
単なる英語名ではない。
Sharp の原点は、一本の鉛筆だった。
【人生が壊れた日】
1923年、関東大震災が起きる。
工場焼失
取引先壊滅
資金消失
さらに、妻、子供、親族まで失う。
会社だけではない。
人生そのものが消えた。
しかも借金は残る。
普通なら、ここで終わる。
しかし早川は、
東京を離れる決断をする。
理由は明確だった。
東京では再起できない。
・職人流出
・復旧競争
・資金難
・市場混乱
すべてが重なっていた。
そこで彼は、大阪へ移る。
当時の大阪は、
「商人の街」として活気があった。
Sharp の大阪文化は、
最初から計画されたものではない。
生き残るための避難。
そこから始まっている。
【Sharp文化の原型】
この原体験は、
後の Sharp に強く影響する。
Sharp は昔から、独特な会社だった。
・現場主義
・スピード重視
・生活密着
・実用品重視
・小型化
・庶民感覚
が強い。
これは、早川徳次そのものだった。
彼は、研究室より市場を見た。
「何が作れるか」ではなく、
「家庭で何が不便か」を考えていた。
【SONYとの違い】
例えば SONY は、
未来
感動
ブランド
世界観
を重視した。
一方 Sharp は、もっと生活に近かった。
・電卓
・電子レンジ
・家庭用テレビ
・電子辞書
・空気清浄機
など、
「毎日の不便」に強かった。
これは、創業者が町工場出身だからである。
庶民が毎日困ること。
そこを見続けていた。
【まず作ってみろ】
早川は、会議だけする人間を嫌った。
口で説明する前に、まず作れ。
そういうタイプだった。
だから Sharp は、昔から試作が多い。
実際に触る。
実際に使う。
実際に失敗する。
すると、改善点が見える。
この文化は、後年まで残る。
Sharp が、
「現場臭い会社」
と言われた理由でもある。
【実はかなり短気だった】
温厚な発明家。
そういう印象を持たれやすい。
しかし現場では、かなり厳しかった。
特に不良品を嫌った。
しかも怒り方が、技術者的ではない。
「なぜ客に迷惑をかける」
という怒り方だった。
彼は、技術プライドより、
「生活者への責任」
を重視していた。
だから、
精度
耐久性
使い勝手
には非常にうるさい。
しかし面白いのは、
高級品志向ではないことだ。
彼が見ていたのは、
庶民が毎日使えるかだった。
【最初の大失敗】
Sharp 初期、
電気炊飯器を開発した。
しかしこれが失敗する。
米が、
・生煮え
・焦げる
・ムラだらけ
現在なら、SNS炎上級だった。
普通なら、慎重になる。
しかし早川は、開発を止めなかった。
なぜか。
失敗の先に、生活改善がある。
そう考えていたからである。
彼は、
「失敗しないこと」ではなく、
「便利に近づくこと」
を重視していた。
【綱渡りだったSharp】
戦後の Sharp は、
実はかなり危うい会社だった。
現在の巨大メーカーの印象とは違う。
特に、新技術投資は大胆だった。
・ラジオ
・テレビ
・電卓
などへ、かなり早い段階で投資している。
当然、失敗すれば倒産もあり得た。
しかし早川は、
未来側へ賭け続けた。
守るより、先に行く。
その感覚だった。
【時代を先取りし過ぎた会社】
Sharp は昔から、少し早過ぎる。
ここが特徴だった。
1980年代のTVCMでは、
「目の付けどころが、シャープでしょ。」
というフレーズが有名になった。
1985年、まだブラウン管全盛期。
そんな時代に、既に液晶テレビを製品化している。
しかし、14型で100万円近い。
当然、売れない。早すぎた。
だが、その技術蓄積が、後の
「液晶のシャープ」
へ繋がっていく。
Sharp は、守りの家電メーカーではない。
本来は、かなり攻める会社だった。
【小さな不便を消す】
面白いのは、
早川の発明思想が、一貫していることだ。
シャープペンもそう。
削る手間を減らしたい。
そこから始まっている。
彼は、巨大な思想家というより、
「小さな不便を見る職人」
だった。
だから Sharp 製品には、
ボタン一つ
小型化
省力化
自動化
が多い。
全部、同じ思想で繋がっている。
【戦っていた相手】
早川が戦っていたのは、
競合企業だけではない。
本当に戦っていたのは、
不便
面倒
非効率
我慢
「昔からこうだから」だった。
だから彼は、
削らなくていい鉛筆を作り、
小型化し、
家事を楽にし、
生活へ機械を持ち込んだ。
彼が作っていたのは、家電ではない。
「生活改善」
だったのである。
【これは戦略だったのか】
結果だけ見れば、巨大企業 Sharpの成功譚。
しかし中には、かなり強い型がある。
・生活不便を観察する
・現場から考える
・まず試作する
・失敗を恐れない
・庶民感覚を失わない
・小型化する
・実用品へ落とし込む
・未来側へ先回りする
極めて生活改善型の構造である。
早川は、巨大な未来理論を語るタイプではなかった。
しかし実際には、
シャープペン
↓
家電
↓
小型化
↓
省力化
↓
生活密着型製品
という、一貫した思想で繋がっていた。
彼が見ていたのは、
最先端技術そのものではない。
「人が毎日感じる、小さな面倒」
だった。
だから彼は、
削る手間を減らし、
家事を軽くし、
機械を小さくし、
家庭へ技術を入り込ませていった。
つまり彼が作っていたのは、
単なる家電ではない。
「生活の小さなストレスを消す文化」
だったのである。
【まとめ】
早川徳次は、
学者でも、
エリートでも、
カリスマ経営者でもなかった。
むしろ、
不便を見ると我慢できない職人
だった。
だから彼は、
削る手間を消し、
家事を軽くし、
機械を小さくし、
生活へ入り込ませた。
その結果、
シャープペン
電卓
家電
液晶
へ繋がり、
日本人の日常そのものを変えていった。
そして現在もSharp には、
どこか「現場臭さ」が残っている。
それは恐らく、
創業者が最後まで、
「人は毎日、何に困っているか」
を見続けた人だったからである。
次回予告
世界の偉人シリーズ|第9話 井植敏男
三洋電機創業者
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