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生まれてから透析になるまでの道のり⑯

2026年6月17日 水曜日 お疲れ様です(^^♪ くりさんです。
立民が燃えてますねぇ・・・ほんとあの人らは身内以外は人扱いしないですからねぇ・・・もう要らないですよね、まともな議論をしない国会議員も、週刊誌のネタをもとに答えの出ない質問をしまくって、国民の貴重な時間を浪費する国会議員も・・・さて、くりさんクロニクルを書いてまいりましょう。

前回までの振り返り

解離性大動脈瘤を発症して鹿児島に帰ってきた私は、職業訓練でパソコンの基礎から応用までを必死に身につけました。幸いにも、訓練を担当してくれたパソコンスクールにそのまま雇用されたものの、わずか1年後にスクール自体が鹿児島から撤退するという想定外の事態に。病気のこともあり、他県への転勤を受け入れることはできず、2003年10月に退社を余儀なくされました。

雇用保険をもらいながらしばらく様子を見るという選択肢もありましたが、「もう一刻も早く稼いだ方がいい」と腹をくくり、退社のわずか3日後には開業届を出して自営業をスタートさせたのです。

ケンタッキーでの面接:外資系PC企業との出会い

自営では主にホームページ作成の営業に注力しましたが、現実は甘くありませんでした。開業から1ヶ月で獲得できた仕事は、わずか1件。これではとても食べていける状態ではありません。

「背に腹は代えられない、本業が軌道に乗るまでは何かと掛け持ちしよう」

そう決意して2003年11月、たまたまめくった求人誌で目に留まったのが、とある外資系パソコン企業の出張店舗での営業販売の仕事でした。フルタイムの勤務ではありましたが、自分の本業が軌道に乗ったら辞めればいいという軽い気持ちで応募の電話をかけました。

指定された面接場所は、なんと鹿児島中央駅のケンタッキーフライドチキン店内。 他のお客さんもいるファストフードの店内で面接を受けるなんて人生初の経験で、「これが外資系のフランクさか……!」と衝撃を受けたのを覚えています。

面接では、パソコンの専門知識や「こういうケース(トラブルや接客)ならどう対応するか?」といった実践的な質疑応答が行われ、ありがたいことにその場で即決採用となりました。守秘義務があるため企業名は伏せますが、BTO(注文生産)界隈では誰もが知る超有名企業です。現場に入る前の研修も、非常にハイクオリティで勉強になりました。

「電車男」ブースの賑わいと、美しい引き際

かっこいい制服に身を包み、いよいよ勤務が開始。スタッフは私と専川さん(仮名)の2人だけでしたが、家電量販店内のブースだったため、他社からの派遣スタッフの皆さんとも和気あいあいと楽しい現場でした。

そのメーカーのパソコンを買いに来るお客様は、もともとPC知識が豊富なコアな方が多く、マニアックな接客が本当に楽しかったです。ちょうど当時は「電車男」が大流行していた頃。ブースには「2ちゃんねるをやりたい!」という理由でパソコンを買い求めるお客様も多く詰めかけました。その度に私は2ちゃんねるのリアルな現実を丁寧に説明し、お客様は一旦「うーん」と持ち帰るのですが、最終的には同伴していたお子さんに説得されて購入に至る、という微笑ましい?ケースが多々ありました。皆さん、その後楽しくネットサーフィンができていたならいいなと思いますが・・・。

しかし、2005年10月、そのブースも撤退が決定します。最終日には、常連のお客様や近所の子どもたちがお別れを言いにブースへ集まってくれました。本当に温かく、なんとも美しい時間でした。

会社からは他県への異動(ステップアップ)のお話もいただきましたが、やはり不治の病(解離性大動脈瘤)を抱える身。泣く泣く辞退せざるを得ませんでした。しかし、その頃には自営のホームページ制作事業の方でもボチボチ常連様ができ始めており、仕事の実績も申し分ない量に育っていました。「よし、ここいらで一丁、会社組織(法人化)にしよう!」という決意が固まったのです。

2003年〜2005年の食性:世界に存在しない「糖質依存」との闘い

仕事が上向きになる一方で、体(食生活)のコントロールは最悪の時期でした。 月1回の通院では相変わらず数値が悪く、叱られてばかり。最初の主治医だった女医さんからは、あまりの不摂生ぶりに「もうあなたを診たくない!」と事実上の診療拒否をされ、別の女医さんに担当が変わるほどでした。

そうは言われても、当時は自分でコントロールが全く効かないのだから仕方ありません。食べなければ眠れないし、牛乳も1日に1リットルは当たり前に飲んでいました。過食症とはまた違う、とにかく猛烈に甘いものや炭水化物が欲しくなる衝動。食べれば一時は落ち着くものの、1時間もするとまたすぐに飢餓感が襲ってきます。ポテチなんて、一度袋を開けたら最後、空っぽになるまで理性を失って食べ続けてしまう……。

今思えば、あれは明らかな「糖質依存症」でした。しかし、当時も今もそんな依存症の概念は、この世界のどこにも存在していないのです。

さて、激動の会社員&アルバイト生活に終止符を打ち、次回、第⑰回のくりさんクロニクルからは、いよいよ怒涛の「社長編」へと突入します!ぜひお楽しみに(^^♪

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