50代女性、自己肯定感が上がった、たった一つの気づき
たとえば、こんなことってありませんか。
誰かに送ったメッセージの返信が、なかなか来ない。
すると、頭の中でこんな会話が始まるんです。
「私の伝え方が悪かったのかな?」
「何か気に障ることを言った?」
「私、何か変えたほうがいいのかな」
「まだ、私に足りないものがあるのかもしれない」
気づけば、原因をずっと自分の中に探している。
私も、長いことそうでした。
でも最近、ふと気づいたんです。
「相手との間に問題が起きた」ことと、「自分に問題がある」ことは、イコールじゃないんだ、と。
当たり前のようでいて、これがなかなか腑に落ちなかった。
何か起きるたびに、まず自分の中を探しにいく。その癖が、本当に長くついていたんですよね。
そしてもうひとつ、最近やってみて面白かった見方があります。
「私はこの人から何を学ぶんだろう」だけじゃなくて、「この人は、私との関わりから何を学ぶんだろう」という視点です。
たとえば私は、クライアントさんと関わるときに、いくつか大切にしていることがあります。
相手を尊重すること。
必要なことは、きちんと伝えること。
相手のペースを大事にすること。
でも、こちらが全部を背負わないこと。
プロとして必要な線引きは、ちゃんとすること。
そういう関わり方をしているのなら、その方にとっても、私との仕事を通して何か気づくことがあるかもしれない。
お互いが、お互いの人生を生きている。
そう思えたとき、少し肩の力が抜けました。
それから、もうひとつ。
順調なときにこそ、問題を探し始めてしまう癖にも気づきました。
特に何も起きていないのに、「もっと何かしなきゃ」「ここが足りない」「もっと改善できるはず」「私のやり方が悪いのかな」と、自分で問題を発掘し始める。
でも、問題がないときは、問題を作らなくていいんですよね。
売上が伸びているなら、まずは「伸びている」を、そのまま受け取ればいい。
仕事が進んでいるなら、淡々と進めればいい。
人間関係も、今できることをしたなら、あとは相手の出方を見ればいい。
それで、いいんです。
今回の気づきを一言にするなら、こうなります。
「足りない私を探すのを、もうやめてもいい」
「もっと愛される私にならなきゃ」
「もっと上手に伝えなきゃ」
「もっと相手を理解しなきゃ」
「もっと、何かしなきゃ」
そうじゃなくて。
「私は私で、もう十分やっている。相手には、相手の課題がある」
この位置に、静かに立つ。
これは、「自分は何も悪くない」と開き直ることとは、まったく違います。
必要なら、自分の改善点はちゃんと見る。それはこれからも変わりません。
でも、相手の課題まで、自分の不足として引き取らない。
ここが、大きく違うところなんです。
起きた出来事は、「また私に何が足りないんだろう」を探すためのものじゃなかった。
「あれ?私、もうそんなに頑張らなくていいんじゃない?」
そう気づくための出来事だったのかもしれません。
誰かを、何かを、どう動かすか、じゃなくて。
私は私の人生を、ちゃんと楽しんでいる。流れが来たときに、そのとき受け取ればいい。
今は、そんなふうに思っています。
もし今、何か起きるたびに、まず自分の中を探しに行ってしまう方がいたら。
あなたはきっと、もう十分すぎるほどやっています。
足りないものを数える手を、少しだけ休めてみてくださいね。
