陶芸から銀行、アーカイブ、学校まで作ってきたアーティスト。シアスター・ゲイツとは何者なのか。
「作品をつくる」と聞くと、絵を描いたり、彫刻をつくったり、映像を撮ったりすることをまず思い浮かべるかもしれません。
シアスター・ゲイツの活動を見ていると、そこにもう少し広い景色が見えてきます。作品そのものを制作するだけでなく、古い建物を改修したり、資料を引き受けて保存したり、人が集まる場所をつくったり、活動を続けるための組織や制度に関わったりすることまでが、彼の活動のなかでつながっています。
そうした「作品をつくる」という行為の幅を広げて見せてくれる作家の一人が、シアスター・ゲイツです。

ゲイツは陶芸を出発点の一つとしながら、古い住宅の改修へと活動を広げ、閉店したレコード店から数千枚のレコードを引き受けたり、廃業した書店の蔵書を保存したりしてきました。さらに、使われなくなった銀行を文化施設へと転換し、住宅開発や大学での教育・研究にも関わり、地下鉄駅にはDJブースを設置し、近年では旧小学校を改修して新たな文化・教育施設へと再生しています。
これだけ活動の範囲が広いと、ゲイツが何をしている作家なのかを一言で説明するのは簡単ではありません。
実際、ゲイツの公式サイトを見ても、陶芸や彫刻、絵画といった作品に加えて、ゴスペルや詠唱、即興などを横断する音楽・パフォーマンス集団The Black Monks、黒人アーティストが集まり対話や交流を行うBlack Artists Retreat、旧銀行を再生した文化・アーカイブ施設Stony Island Arts Bank、アートを組み込んだ住宅プロジェクトDorchester Art + Housing Collaborative、そしてゲイツが設立した非営利組織Rebuild Foundationなどが並んでいます。
陶芸や彫刻と、建物の改修、アーカイブの保存、音楽、人が集まる場所づくり、組織や制度との関わり。一見すると、それぞれ別の領域の活動にも見えます。
しかし、ゲイツの歩みを追っていくと、それらがまったく別々に存在しているわけではないことが見えてきます。ある活動のなかで使われた素材や技術、そこで生まれた人との関係や場所、引き受けた資料などが残り、時間を経て別の作品やプロジェクトに再び現れることがあります。
では、ゲイツの活動は、どのようにしてここまで広がってきたのでしょうか。
シアスター・ゲイツとは、どのような作家なのか。この記事では、陶芸から現在までの歩みをたどりながら、その活動の全体像を見ていきます。
出発点にある陶芸と都市計画
ゲイツの活動をたどると、早い段階から二つの軸が見えてきます。一つは都市や地域を考えること、もう一つは陶芸です。
ゲイツは都市計画を学ぶ一方、陶芸にも取り組んできました。2004年には愛知県常滑市のIWCAT(International Workshop of Ceramic Art in Tokoname)に参加しています。森美術館も、この2004年の常滑滞在を、ゲイツと日本の陶芸との長い関係における重要な出来事として紹介しています。
2007年、Hyde Park Art Centerで開催された『Plate Convergence』では、陶器を展示するだけでなく、「Shoji Yamaguchi」という架空の日本人陶芸家をめぐる物語をつくりました。
2009年の『Temple Exercises』では、陶芸に建築的な空間、音楽、パフォーマンスが組み合わされます。
陶芸や器への関心は、その後も続いています。2020年の個展『Black Vessel』、2021年の『A Clay Sermon』、2022年に常滑の旧土管工場の住居部分を使って発表した《The Listening House》、そして2024年の森美術館個展『Theaster Gates: Afro-Mingei』。
都市や建物を扱う仕事が大きくなった後にも、器、粘土、焼成、職人の技術といった要素はゲイツの活動のなかに残り続けています。大規模な都市プロジェクトと、土に触れる陶芸が並行していることは、現在まで続くゲイツの活動の特徴の一つです。
陶芸から、音楽や物語を含む作品へ
ゲイツの初期作品では、作品の周囲に人や物語が入り込んでいきます。
2009年の『Temple Exercises』には、The Black Monks of Mississippiが参加しました。当時の公式資料では、The Black Monks は「Baptist-Buddhist musicians」と説明されています。アフリカ系アメリカ人のスピリチュアル、修道院の詠唱、ジャズなどを組み合わせながら演奏する集団です。その後も、ゲイツの複数の展覧会やプロジェクトに登場していきます。
2010年の『To Speculate Darkly: Theaster Gates and Dave the Potter』では、19世紀の陶工Dave Drakeの存在が大きく扱われました。Dave Drakeは、アメリカ南部で奴隷状態に置かれながら陶器を制作し、巨大な器に自分の名前や詩、言葉を刻んだ人物です。
ゲイツは、この歴史を陶器だけで扱うのではなく、音楽やパフォーマンスも組み合わせて提示しました。陶芸が歴史、労働、人種、言葉、音楽と接続する場面は、ゲイツの活動の早い時期から現れています。
家を一軒改修するところから始まったDorchester Projects
2000年代後半、ゲイツの活動はシカゴ南部の建物へと広がっていきます。
その中心となったのがDorchester Avenue周辺です。後にDorchester Projectsと呼ばれる一連の活動では、空き家や使われなくなった建物が改修され、それぞれに異なる役割が与えられていきました。
Archive Houseは、閉店した建築専門書店Prairie Avenue Bookshopに由来する約14,000冊の建築関連書籍を中心にした図書・アーカイブ空間として使われてきました。
Listening Houseには、閉店したDr. Wax Recordsに由来すると報じられている約8,000枚のレコードが収められました。Black Cinema Houseでは映画上映や議論、映像をめぐるプログラムが行われました。
本を扱う場所、音楽を扱う場所、映像を見る場所、制作や議論を行う場所。近接する複数の建物が、それぞれ異なる活動を受け入れていきます。
ここでは、建物を改修することと、失われつつあった資料を新しい場所へ移すことが並行して進んでいました。
閉じた店や組織から、資料を引き受ける
資料やコレクションは、ゲイツの活動のなかで大きな位置を占めています。
Dr. Wax Recordsに由来すると報じられている約8,000枚のレコード、Prairie Avenue Bookshopに由来する建築書籍、University of Chicagoの美術史学科から2009年に引き受けたガラス製ランタンスライド、シカゴ・ハウスを代表するDJ、Frankie Knucklesのレコード・コレクション、Edward J. Williamsが収集した人種的ステレオタイプを含む約4,000点の物品、そしてJohnson Publishing Companyに由来する書籍、定期刊行物、旧社内図書館など。
ランタンスライドについて、University of Chicagoの資料では2009年にゲイツが引き受けた数を約72,000点としています。一方、現在のStony Island Arts Bank公式サイトでは、コレクションを60,000点超と説明しています。

異なる場所から来た大量の資料が、ゲイツの活動と接続しています。
ここでは、Johnson Publishing Companyをめぐる二種類の資料を分けておく必要があります。
Stony Island Arts Bankが所蔵してきたのは、Johnson Publishing Companyから寄贈された書籍や定期刊行物、かつて編集者や執筆者が使用した社内図書館などです。
一方、『Ebony』『Jet』のために撮影された400万点を超える写真資料を含むJohnson Publishing Company Archiveは、別のアーカイブです。この写真アーカイブは2019年に複数の財団とSmithsonian、Gettyによるコンソーシアムが取得し、2022年にSmithsonian National Museum of African American History and CultureとGetty Research Instituteへ所有権が移りました。
「Johnson Publishing Companyの資料」と呼ばれるものの内部にも、異なる所有・保管関係があります。ゲイツの活動に登場する資料を見るときには、所有、保管、展示、作品への使用をそれぞれ分けて考える必要があります。
Stony Island Arts Bank──銀行が、アーカイブと文化施設になる
こうした活動が大きな建築として現れたのが、Stony Island Arts Bankです。
建物はWilliam Gibbons Uffendellの設計で、1923年に建設されました。その後長く使われなくなり、2010年代前半にゲイツが取得します。
取得年については資料によって記述が異なり、現在のStony Island Arts Bank公式サイトは2013年、後に改修融資を行ったChicago Community Loan Fundは2012年としています。そのため、ここでは「2010年代前半」としておきます。
改修後、Arts Bankは2015年に開館しました。ここには、University of Chicagoから引き受けたガラス製ランタンスライド、Frankie Knuckles Collection、Edward J. Williams Collection、Johnson Publishing Companyに由来する書籍や定期刊行物など、複数のコレクションが置かれてきました。現在のArts Bank公式サイトでは、ランタンスライドのコレクションを60,000点超と説明しています。
Arts Bankの改修資金をめぐって、よく知られているのが《Bank Bond》です。
ゲイツは、建物から取り外した大理石を100点の作品にし、一点5,000ドルで販売しました。New Yorkerの2014年の記事によると、100点を販売し、50万ドルを改修資金として調達しています。
廃墟になった銀行から大理石を取り出し、作品にして販売し、その売上を建物の改修へ戻す。ゲイツの活動を象徴する出来事として、この事例はしばしば紹介されています。
一方、Arts Bankの資金構造には作品販売とは別の流れもあります。Chicago Community Loan Fundは、借り手をStony Island, LLCとして、建設・改修のために270万ドルを融資しています。
《Bank Bond》による50万ドルと、金融機関からの270万ドルの融資。少なくとも、この二つの異なる資金の流れがArts Bankの再生に関わっていました。作品市場と不動産金融が、同じ建物のなかで接続しています。
シカゴでの活動は、住宅へも広がる
ゲイツの活動は住宅開発にも及びます。
Dorchester Art + Housing Collaborativeでは、Chicago Housing Authorityの旧住宅地が、アートを組み込んだmixed-income housingへ改修されました。HUD(米国住宅都市開発省)によると、プロジェクトにはゲイツ、Chicago Housing Authority、開発会社、建築家など複数の主体が関わっています。
→ 写真:Dorchester Art + Housing Collaborative
→ 写真:HUDによるプロジェクト紹介
全32戸のうち、12戸がChicago Housing Authorityの住宅、11戸が補助によって家賃を抑えたアフォーダブル住宅、9戸が市場価格住宅です。
HUD(米国住宅都市開発省)の資金表では、資金総額は1,180万ドル。そのうち730万8,000ドルがLow-Income Housing Tax Credit equity(低所得者向け住宅税額控除による出資)、355万ドルがChicago Housing Authority(シカゴ住宅局)のHOPE VI loan(HOPE VI制度による融資)です。
一方、開発会社Brinshore Development(ブリンショア・デベロップメント)はproject cost(事業費)を1,100万ドルと記載しています。資料によって金額が異なるため、本稿ではHUD(米国住宅都市開発省)の資金表を参照し、「資金総額1,180万ドル」とします。
このプロジェクトでは、住宅政策、Chicago Housing Authority(シカゴ住宅局)、開発会社、建築家、低所得者向け住宅税額控除、金融機関、Rebuild Foundation(ゲイツが設立した非営利組織)などが、それぞれ役割を担っています。
ゲイツが関与する活動の規模が広がるにつれて、異なる専門領域や制度が、一つのプロジェクトのなかへ入ってきます。
University of Chicagoとの活動は、別の制度のなかで動く
ゲイツの活動を理解するとき、University of Chicagoとの関係も分けて見る必要があります。
ゲイツは2009年以降、University of Chicagoで複数の役割を担ってきました。Arts + Public Lifeのfounding directorもその一つです。
Washington ParkにあるArts Incubatorも、University of Chicagoの活動として展開してきた施設です。大学は2008年に、この施設となる建物を取得しました。
→ 写真:Arts Incubatorの建物
Arts Incubator(アーツ・インキュベーター)とRebuild Foundation(ゲイツが設立した非営利組織)の施設では、所有・運営の仕組みが異なります。
2022年には、ゲイツはUniversity of Chicago(シカゴ大学)のSpecial Advisor to the President for Arts Initiatives(芸術施策担当の学長特別顧問)に任命されました。
ゲイツにはアーティストとしてのStudioがあり、Rebuild Foundationという非営利組織があり、さらに大学の内部にも教育、研究、文化事業を動かす制度があります。同じゲイツが関与していても、それぞれの主体が持つ権限と責任は異なります。
公共交通のなかにも作品と音楽が入っていく
ゲイツが活動する場所は、美術館や文化施設にとどまりません。
シカゴ交通局CTAの95th/Dan Ryan Terminalには、南ターミナルの《america, america》と、北ターミナルの《An Extended Song of Our People(AESOP)》という二つの公共作品があります。
→ 写真:《An Extended Song of Our People(AESOP)》
《america, america》は2018年、廃棄された消防ホースを素材に制作されました。《AESOP》は2019年に設置されたDJブース/公共放送スタジオです。どちらもCTA Public Art Collectionに位置づけられています。
《AESOP》では、駅のなかでDJによるライブプログラムが行われてきました。2024年にはCTAがDJ・文化史研究者Ayana Contrerasと新たな2年契約を結び、Contrerasがcreative program directorを務める体制へ移りました。
ゲイツが設計した場所を公共交通機関が所有・管理し、別の担い手がプログラムを更新していく。Dorchester ProjectsやArts Bankとは異なる継続の仕方です。
一人の作家の活動を、複数の主体が支えている
ここまで見てきた活動には、シアスター・ゲイツ本人とStudio(制作スタジオ)、Rebuild Foundation(ゲイツが設立した非営利組織)、University of Chicago(シカゴ大学)とArts + Public Life(大学内の芸術・公共文化プログラム)、Chicago Housing Authority(シカゴ住宅局)、CTA(シカゴ交通局)、開発会社、金融機関、財団、建築家、職人、アーキビスト(資料や記録を整理・保存し、活用できる形にする専門家)、ミュージシャン、施設スタッフなど、多くの主体が登場します。
それぞれが担う仕事も異なります。作品を制作・販売する。寄付や助成を受け取る。住宅を開発する。公共交通施設を所有・管理する。大学施設を運営する。融資を行う。資料を整理する。建物を開け、維持する。
活動が広がるにつれて、一つのプロジェクトに必要な仕事も増え、その仕事は複数の組織や専門家へ分かれていきます。
ゲイツの活動全体を捉えるためには、「ゲイツ」という一人の名前だけを見るよりも、誰が何を担っているのかを追う方が、その実態に近づけそうです。
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次の記事では、ゲイツの活動のなかで、素材や技術、人との関係、場所や方法がどのように時間や場所を越えて別の活動へ引き継がれていくのかを、《12 Ballads for Huguenot House》、タール(屋根仕事に使われる黒い防水材)や屋根仕事、日本との関係、The Black Monksなどの例から見ていきます。そして、そこから見えてくるゲイツの制作の特徴について考察していきます。
