着物で Parisムーラン・ルージュへ
「着物でムーラン・ルージュへ行く」
それが、今回のパリ旅行で自分に課したミッションだった。
個人旅行だから自由がきく。
選んだのは、タニワタリのような大きな葉が大胆にあしらわれた単衣の訪問着。個性的な柄なので、なかなか出番がなかった着物だけれど、「パリなら、いいんじゃない?」という気がして持って行った。
帯は着物の柄を邪魔しないように、地味めの絽の名古屋帯にした。
草履やバッグ、雨コートなど、スーツケースの半分も着物類が占拠した。
いざムーラン・ルージュへ
ムーラン・ルージュは、5日間のパリ滞在の4日目、夜18:45分集合。
雨も止み、気温は18℃くらい。
16:30頃から支度を始める。
ホテルの部屋には大きな鏡があったので、着付けもしやすかった。
ムーラン・ルージュまではUberで移動。迎えに来てくれたのは、
たまたまベンツに乗ったパリジェンヌドライバーだった。
ベンツ!気分もめっちゃ上がるじゃないですか。
狭い道を荒い運転で、座高の高いベンツの座席で私は足がつかず、けっこう踏ん張った。
まだ明るいムーラン・ルージュ界隈は、観光客で賑わっている。



劇場に入ってみると、思っていたよりドレスコードはゆるやかだった。華やかなドレスで着飾った女性もいれば、観光の延長のような普段着の人もいる。男性もノーネクタイにカジュアルなジャケット、という人が多い。
そんな中、着物姿の私たちは前の方の席へ。
席は指定できないので、どこに案内されるかはギャルソンの采配によるらしい。前列には肩を出したドレス姿の女性が多く、結果的にはかなり近い席からショーを見ることになった。
テーブルは8人席。
隣はアメリカのデトロイトから来た夫婦、その隣はオーストラリアからの夫婦だった。
挨拶や日本から来たことは伝えられたが、
英語で楽しそうに会話する皆さん。
……もちろん、私は会話に参加できない。
こういう場で、言葉の壁をものともせず自然に会話を楽しめるというのが、「大人」というものなのかもしれない。
絶対英語勉強する。と密かに誓う。
食事の内容は、サーモンのマリネや白身魚、デザートはティラミス。正直、味はあまり覚えていない。
私たちはお酒が飲めないので、代わりにサイダーを4本も持ってきてくれた。
食事中は、お気楽な雰囲気のバンド演奏が続く。
すると途中で、観客のカップル(ご年配)がステージ前に出て踊り始めた。
一組、また一組と増えていき、気がつけばステージ前はカップル(ご年配)でいっぱい。
まるでアメリカ映画で見たダンスパーティーのような光景になっていた。
私も踊れたら楽しいだろうなあ。
絶対踊りのステップを覚える。と密かに誓う。
ドキドキのフレンチカンカン
1時間ほどかけて食事が終わると、ここで食事無しの観客が入場し、あいているテーブル席に同席した。
私たちのテーブルにはシカゴからの新婚カップルが加わった。
飼っている犬の写真を見せ合っていたので、私もすかさず愛犬「柴犬」の写真を見せると、めっちゃ盛り上がる。
先ほどまでダンスパーティーになっていた空間に、今度は舞台装置が現れた。
ぐんと広がったステージ。ここからが本番だった。
フレンチカンカンはもちろん知っていたけれど、実際に見るのは初めて。
そして……聞いてはいたけれど、本当にトップレスだとは!
いやらしいという感じではないのだけれど、何しろかなり近い席。最初は「見ていいの? いや、でも見えてしまう……」という感じで、妙に落ち着かなかった。
「踊っている本人たちは、どんな気持ちなんだろう」
なんて考えたのも最初だけ。
しばらくすると、だんだん見慣れてくるから不思議だ。
男性ダンサーも登場するけれど、女性に比べると露出はかなり少ない。
「この男女差はどういうことなんだろう」
などと思いつつ、そんなことを考える暇もないほど、次々と華やかな演目が繰り広げられていく。
ダンスだけではない。
大きな水槽が登場し、シンクロナイズドスイミングが始まったかと思えば、ローラースケートや弓矢を使ったパフォーマンスまで。
「これでもか!」というくらい、次から次へと趣向が変わる。
とにかく派手で、迫力があって、長い。
終わる頃には、なかなかの長時間だったと感じた。
席を立つ時にはテーブル席全員と握手をして別れた。


夜10時は過ぎていたが、
Uberタクシーを呼んだらがすぐ来てくれて、安全に帰れた。
たぶん、ムーラン・ルージュに行くのは最初で最後。
でも、着物を着てパリの夜に出かけ、世界中から集まった人たちと同じ空間でショーを見たことは、きっと忘れないと思う。
今回のパリ旅行で、自分に課したミッション。
「着物でムーラン・ルージュへ行く」
無事、達成しました。
