35歳で時給1,200円(首都圏在住)、中年のキャリアはこんな安さで売られる
こんにちわ。崖っぷち中年の私、ファイトリです。
今日は「時給1,200円」という現実を真正面から書いてみます。
35歳の値札=時給1,200円
首都圏で暮らしている私の労働単価は「時給1,200円」。
短期派遣や日雇いの現場に行けば、たいていこの額が提示される。
1時間=1,200円。
8時間働いて9,600円。
週5でフル稼働しても、手取りは20万円前後。
「社会人としてのキャリアを積んだ35歳」ではなく、
「高校生アルバイトの延長線」くらいの金額。
言い換えれば、中年の価値がコンビニバイト並みだ。
東京の物価と計算してみる
コンビニ弁当が700円。
牛丼並盛で500円。
ちょっと外食すれば1,000円は飛ぶ。
つまり「昼飯を1回食べたら1時間分の労働が消える」。
家賃は7万円、光熱費や通信費で2〜3万円。
これに食費と交通費を足すと、1か月で20万円は軽く超える。
📉 つまり「生活費>月収」の綱渡り。
首都圏の物価に対して、時給1,200円はまるで釣り合っていない。
キャリアは積み上がるどころか「逆累積」
20代の頃は「年齢を重ねれば給料は上がる」と思っていた。
でも現実は真逆だった。
正社員を辞め、派遣を転々とし、短期に流れ着いた今。
年齢は重なったのに、給料は下がった。
しかも体力は衰えている。
若い派遣仲間と同じラインで働けば、疲れの回復は2倍遅い。
でも時給は同じ。いや、下手をすれば若手よりも敬遠される。
35歳という年齢は、労働市場において「強み」ではなく「負債」扱いになる。
見えないコストを含めたら、実質時給はもっと低い
通勤時間:往復2時間 → 無給
作業着・靴代:自腹
体力消耗:翌日も疲労が残る → 無給
こうした「隠れコスト」を含めると、
実質時給は800円〜900円レベルだと思う。
つまり私の1時間は、格安チェーンのランチセット以下の価値。
35歳中年のキャリアは、その程度にしか換算されない。
自虐:私はこの価格で納得していた
本当に情けないのは、私がその現実を受け入れていたことだ。
「とりあえず生活できればいい」
「今は仕方ない。資格を取れば変わる」
「働けるだけマシ」
そうやって自分を慰め、言い訳し、1,200円の値札を貼られたまま生きていた。
でも冷静に考えれば、これは自分の人生の投げ売りだ。
セール品みたいに安売りされているのは、他でもない私自身。
💔 この滑稽さに気づくのが、正直つらい。
国も企業も「自己責任」で片付ける
なぜ中年がここまで安く売られるのか。
企業は「人件費を抑える」のが正義になっている。
中年を育てるより、若者を使い捨てる方が効率的。
国は「自己責任」の一言で片付ける。
再就職できないのは努力不足。
低賃金なのはスキル不足。
つまり、システム全体が「35歳=安く使える労働力」として成立してしまっている。
私が見た“同世代の分かれ道”
同い年の友人の中には、管理職になって年収600万以上の人もいる。
マイホームを買って、子どもを育てている人もいる。
一方、私は時給1,200円。
ネカフェ生活をしながら、日雇いのラインに並ぶ。
同じ35歳でも、社会の中での価値は天と地ほど違う。
そして私は「地」の側にいる。
でも、だからこそ言える。
この位置から見える景色は、強烈にリアルだ。
雇われを続ける限り、価格は変わらない
短期派遣の世界では、どれだけ頑張っても時給は大きく上がらない。
1,200円が1,300円になる程度。
正社員に戻っても同じ。
上司に頭を下げ、社内政治に疲れ、長時間労働をすれば「月25万円」。
安定はあるかもしれないが、結局「他人に値段を決められる」人生だ。
つまり、雇われる限り、自分の時間は常に買い叩かれる。
だから私は独立を目指す
行政書士資格の勉強をしているのは、
「自分の名前で稼ぎたい」からだ。
士業なら、依頼1件で数万円。
薄利多売ではなく、専門性で勝負できる。
定年もない。年齢がむしろ強みに変わる。
同時にAIを使った副業を積み重ねて、
小さな収入の柱をいくつも作る。
🔥 雇われの世界から抜け出す唯一の道は「自分で値段を決める側」になることだ。
結論:私の時間は1,200円じゃ終わらない
35歳の私の時間は、現状では「1,200円の値段」がつけられている。
でも、それは社会が決めた値段であって、私自身が納得した値段ではない。
このままでは終わらない。
私は安売りされる人生を抜け出す。
そのために今日も勉強し、副業を積み重ねている。
💪 35歳で1,200円? 笑わせるな。
未来の私は、この値札を破り捨ててやる。
