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フリーライティングー社会運動ガチガチ問題(?)

先日、「ハイレベルなムーブメントを、”理解できるけど足が動かない中間層”にもできるぐらいハードル低くしてくれ」みたいな記事を書いた
だけど、責任転嫁した記事だったなと思う

というのは、一中間層の私は、もう十分ムーブメントしてるじゃないか?と気づいたからだ

デモ・署名活動を駆動していないのに、なぜ?と思う人もいるかもしれないが、「わがまま」の本を読んで、気づいたのである

”社会運動=デモ・署名などを精力的に継続して行うこと”みたいなガッチガチな考えが一般的なようだが、著者は「本人が無理のない範囲でやってもやらんでもええやん?」と言ってくれているのである

著者の考えに当てはめると、私は十分頑張っていると思う

今書いているnote、野菜栽培、家電なし生活、家出、日々の食生活、チェーン店になるべく行かないこと、BIGISSUEを見かけたら買うこと、フェミニズム・アナキズムを学んでいること、界隈のイベントに参加すること、子どもの居場所研究、そもそも今まで生きてきたこと…

以上のことは、人を金・生産性・効率で測る資本主義、弱者を切り捨てようとする空気、ぶち殺したいぐらい違和感を持っていることに少しでも抵抗を示すためにやっていることに当てはまる気がする
(面白半分でやっていることもあるけど…)

「自分はまだ何も成してない」みたいな思考に陥る時があるのだが、すでに何かしているのだから、「何もできない中間層でごめん」なんて思わなくてもいいのだ

五年前ぐらいから「働きたくない」と思っていたけど就職してしまった自分も、許していいい

”やりたいことをやるための生活動線”を編み出す自分も、風呂キャン・夜更かししてしまう自分もいていい

というか、私の今年の目標は「他人に優しくするために自分を許す」だったんじゃないの?

書いていてふと思い出す
じゃあ、矛盾してても、中途半端でもいいじゃん
私と同じ「共感するけど動けない人」も今のままでも十分いいじゃん

とりあえず肯定よりは、社会運動を研究している人の言葉を言質に肯定してるから、根拠のある肯定だ



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大塚理香子/編集・ライター(クロモジ/生き延びるための読み物屋) 本📖とおやつ代🍪 ZINEも作ってみたい