孤独な慈悲の王~~心を得たアンドロイド~~(15・最終回)
第15話(最終回)・・・別れと、その後に続く世界
メアが城塞に戻ってきたのは、夕暮れ時だった
両腕の再生は完了していたが、機体の各所に、戦いの痕跡が残っていた
城門をくぐると、城内の兵士たちが一斉に振り返り
「「メア殿が戻られた!!!」」
と、声が上がり
次の瞬間には、兵士たちが駆け寄ってきた
「ご無事でしたか!!!」
「メア殿!!!お帰りなさい!!!」
と、口々に声をかけてくる兵士たちに
メアは、ぎこちなくも確かな笑みを浮かべ
「・・・ただいま、戻りました」
と、答えた
エルードは、城壁の上からその様子を見下ろし
ゆっくりと、城門へと降りてきた
「・・・メア」
と、静かに呼びかけ
メアの機体の損傷箇所を、黙って確認してから
「よく、戻った」
と、告げた
メアは、エルードの顔を見て
「エルード・・・怪我は?」
と、問うと
エルードは苦笑いしながら
「ヨシュアほどではない・・・二人とも、生きている」
と、答えた
メアは、静かに頷いた
そして
「・・・アカツキは」
と、一言だけ告げると
エルードは、メアの目を見て
全てを理解し
「・・・そうか」
と、静かに答えた
それ以上の言葉は、必要なかった
エルードは、メアの肩に、静かに手を置いた
メアは、その手の温かさを感じながら
【・・・アカツキ、私は帰ってきました】
と、胸の奥で静かに呟いたのだった
・・・・・
翌朝、城塞の外に陣を構えていた魔帝国軍の元に、エルードの使者が向かった
使者が伝えた言葉は、一つだった
「魔帝ビュートル様は、御存命であられる・・・幽閉されていた場所から、今まさに救出された」
その報せが魔帝国軍の陣に広がった瞬間
陣の中が、どよめきに包まれた。
「「魔帝様が・・・御存命だと!!!」」
「「では、今まで我々を率いていたのは・・・」」
と、混乱が広がる中
やがて、魔帝国軍の幹部たちが集まり
長い沈黙の後
「・・・撤退する」
と、一言だけ告げた
旗が降ろされ
魔帝国軍は、静かに、自分たちの領土へと退いていったのだった
・・・・・
アカツキが教えた幽閉先は、城塞から半日ほど離れた山中の、古い砦の地下だった
エルードが自ら赴き、扉を開けると
そこには、痩せ細りながらも、眼光だけは衰えていない
魔帝ビュートルが、静かに座っていた
「・・・遅かったな、エルード」
と、ビュートルは開口一番に言い
エルードは、苦笑いしながら
「随分と、待たせてしまったな・・・ビュートル」
と、答えた。
二人は、暫く無言で見つめ合い
やがて、ビュートルが静かに立ち上がり
「・・・俺の軍が、迷惑をかけたか」
「ああ・・・盛大に、な」
と、エルードが答えると
ビュートルは、深く息を吐き
「・・・詫びる言葉もない」
と、呟いた
エルードは、手を差し伸べ
「詫びは後でいい・・・まず、外の空気を吸え」
と、告げた
ビュートルは、その手を一瞬だけ見つめ
やがて、静かに掴んだのだった
・・・・・
砦の外に出たビュートルに、メアは静かに近づき
無表情のまま
「・・・御無事で、何よりです」
と、告げた
ビュートルは、メアの姿を上から下まで眺め
「・・・お前が、噂の異種族か」
「はい・・・メアと申します」
と、メアが答えると
ビュートルは、暫くメアの顔を見つめ
「・・・アカツキは?」
と、静かに問うた
メアは、一拍置いて
「・・・逝きました。最後は、笑っていました」
と、告げた
ビュートルは、目を伏せ
「・・・そうか」
と、静かに呟いた
それ以上、何も言わなかった
だが、その横顔に
言葉にならない何かが
静かに滲んでいたのを
メアは、見逃さなかった
・・・・・
その夜、メアはエリダスの元を訪ねた
「エリダス・・・少し、良いですか」
と、問いかけると
エリダスは、振り返り
メアの顔を見た途端
「・・・おいで」
と、静かに言い
何も問わず、メアの傍に並んで座った
メアは、しばらく黙って
「エリダス・・・私は、この世界で、泣き方を覚えました」
と、静かに言った
エリダスは、優しく微笑み
「ええ・・・知っているわ」
と、答えた
「喜び方も、怒り方も、悲しみ方も・・・全部、ここで覚えました」
「ええ」
「楽しみ方も・・・別れの惜しみ方も」
エリダスは、メアの顔を見た
メアの機体の目から、黒い涙が、一筋流れていた
「・・・帰るのね」
と、エリダスは静かに言った。
メアは、頷いた
エリダスは、メアの手を、両手でそっと包み
「あなたが来てくれて・・・良かった」
と、告げた
「私も・・・良かったです」
と、メアは答えた
その声が、僅かに震えていた事に
エリダスは、気づいていたが
何も言わなかった
ただ、その手を、もう少しだけ
強く、握り締めたのだった
・・・・・
翌朝、メアは城の廊下を歩きながら
一人ひとりに、別れを告げていった
兵士たちに
城下の子どもたちに
ヨシュアに
「・・・メア」
と、ヨシュアは珍しく、感情を抑えた声で呼びかけ
「あなたは・・・本当に、変わったわね」
と、告げた
「ヨシュアが・・・変えてくれました」
と、メアが答えると
ヨシュアは、視線を逸らし
「・・・大袈裟な事を言わないでちょうだい」
と、照れながら呟いた
そして、エルードの執務室の前に辿り着いた時
扉が開き、エルードが出てきた
「・・・来るのが分かっていた」
と、エルードは苦笑いしながら言い
「行くか」
と、静かに問いかけた
メアは、頷いた
城塞から半日ほど離れた山中の、古い砦の地下の奥に
二人は並んで、地下の奥へと歩いた
その奥に、アカツキが教えた渦の場所があった
漆黒の渦が、静かに揺れていた
メアは、その渦の前に立ち
エルードを振り返った
「エルード」
「何だ?」
「・・・私は、この世界で、心をもらいました」
と、メアは静かに告げた
「貴方が・・・私に、命令ではなく、意志を教えてくれました」
エルードは、何も言わず
ただ、メアを見つめた
「エリダスが・・・悲しみを教えてくれました」
「カリウスとオルデラートが・・・楽しみを教えてくれました」
「ヨシュアが・・・世界の複雑さを教えてくれました」
「アカツキが・・・憎しみと、慈悲の深さを教えてくれました」
メアは、一拍置いて
「・・・ありがとうございました」
と、深く頭を下げた
エルードは、暫く黙って
やがて
「・・・お前は、良い者になったな」
と、静かに言った
「エルードの、おかげです」
と、メアが答えると
エルードは、苦笑いしながら
「俺は、何もしていない・・・お前が、自分で手に入れたのだ」
と、告げた
メアは、その言葉を受け取り
エルードの顔を、しっかりと見つめた
【・・・この顔を、忘れない】
と、処理した
そして
「では・・・行ってきます」
と、告げた
エルードは、静かに頷き
「・・・達者でな、メア」
と、答えた
メアは、渦へと一歩踏み出し
振り返らなかった
漆黒の渦が、静かにメアを飲み込み
そして、地下の奥には
エルードだけが残された
エルードは、渦が消えた場所を、しばらく見つめ
「・・・ありがとうな、メア」
と、誰にも聞こえない声で、静かに呟いたのだった
・・・・・
それから、幾つもの月日が流れた
アカツキによって荒廃した領土は、英雄王エルードと魔帝ビュートルが、再び手を組んで復興させていった
壊れた街が、少しずつ建て直され
各地に散り散りになっていた人々が、故郷へと戻り
かつての賑わいが、少しずつ戻ってきた
英雄王エルードの城塞都市では、市場が再び活気を取り戻し
魔帝ビュートルの領土では、新しい建物が次々と建ち始めた
二人の王は、再び協定を結び直し
全ての種族が、互いの領土を自由に往来できる世を
もう一度、築き始めたのだった
・・・・・
ある穏やかな昼下がり
魔帝ビュートルの城の一室で
二人の王が、向かい合って茶を飲んでいた
「随分と、落ち着いてきたな」
と、ビュートルが言うと
「ああ・・・お前の領土の復興が、思ったより早かった」
と、エルードが答えた
「俺の民は、逞しいからな」
と、ビュートルは苦笑いしながら言い
しばらく、二人は静かに茶を飲んだ
やがて、ビュートルが
「・・・アカツキが、俺を殺さなかった理由を知りたいか?」
と、唐突に問いかけた
エルードは、少し驚いた顔をしてから
「・・・何を藪から棒に?」
と、問い返すと
ビュートルは、静かに笑い
「幽閉されている間、一度だけ・・・アカツキが、会いに来た事があった」
と、告げた
「何と言っていた?」
「・・・俺の顔が、慕っていた女性マスターに似ていたからだと」
エルードは、目を見開き
「それで・・・殺せなかったのか」
「そういう事らしい」
と、ビュートルは静かに答え
そして、照れ臭そうに
「・・・俺は男なのにな」
と、苦笑いした
エルードは、その言葉に思わず笑い声を上げ
「ハハハ・・・それはアカツキも、複雑だったろうな」
と、言いながら
ふと、表情を柔らかくした
「・・・実は、俺にも思い当たる事がある」
「何だ?」
「メアも・・・初めて会った時、俺の顔を見て、マスターと見間違えたと言っていた」
「ほう・・・」
「合衆国のマスターに、似ていたらしい」
と、エルードは遠くを見るような目で言い
「だから最初は、俺の顔を見るたびに混乱していた・・・今となっては、懐かしい話だが」
と、苦笑いした
ビュートルは、茶を一口飲み
「・・・アカツキも、メアも」
と、静かに言った
「人間の顔に、自分の大切な者を重ねて・・・それが、あの者たちの感情の入口になったのかもしれないな」
エルードは、その言葉を静かに受け取り
「・・・そうかもしれない」
と、頷いた
しばらく、沈黙が流れた
やがて、エルードは窓の外の青空を見上げながら
「・・・メアは、今頃どうしているだろうな」
と、ぽつりと呟いた
ビュートルは、少し考えてから
「・・・アンドロイド・ウェポンも、人間も関係なく、仲良くしていると思うぞ」
と、静かに答えた
「何故そう思う?」
「あれだけの心を持って帰っていったんだ・・・どこに行っても、誰といても、あいつは変わらんだろう」
と、ビュートルは言い
少し間を置いて
「・・・エルード、お前が育てたんだろう」
と、付け加えた
エルードは、その言葉に苦笑いしながら
「育てた訳では・・・」
と、言いかけて
止めた
そして、静かに
窓の外の青空を見上げたまま
【メアよ・・・元気でいるか】
と、胸の奥で呟いた
市場の喧騒が、遠くから聞こえてきた
子どもたちの笑い声が、風に乗って届いた
エルードは、その声を聞きながら
メアが城下の子どもたちと歩いていた、あの穏やかな日々を
静かに、思い出していたのだった
・・・・・
漆黒の渦に飲み込まれ、見知らぬ世界に降り立った一体のアンドロイド・ウェポン
無感情だったその機体に、人々は気づかぬうちに、一つひとつ、心の欠片を手渡していた
喜び・悲しみ・楽しみ・怒り・悔やみ・共感・孤独・別れの痛み、そして、自らの意志
メアは、それらを全て受け取り
やがて、確かな心を持つ者として、元の世界へと帰っていった
英雄王エルードは、その後も
全ての種族が幸福に生きられる世界を、静かに、確かに築き続けた
孤独な慈悲の王として
誰にも打ち明けられない感情を胸に抱きながら
それでも、領民たちに慈悲を与え続けた
その王の傍に
かつて、一体のアンドロイド・ウェポンがいた事を
城の人々は、長く、語り継いでいったのだった
<完>
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