孤独な慈悲の王~~心を得たアンドロイド~~(7)
第7話・・・楽しみと怒り
英雄王エルードの城塞に、二人の男が訪ねてきたのは、ある晴れた朝の事だった
一人は、小柄ながらも鋭い眼光を持つゴブリン種族・・・英雄王国軍ゴブリン種族の軍司令官、カリウス
もう一人は、岩のような巨躯に、ひと目で歴戦と分かる無数の傷跡を刻んだオーガ種族・・・英雄王国軍オーガ種族の副司令、オルデラート
二人は、エルード王の謁見間でなく、メアが護衛として立つ廊下の前で、足を止めた
カリウスが、ぼりぼりと頭を掻きながら
「・・・メア殿、少し良いか」
と、珍しく歯切れの悪い声で呼びかけた
メアは、無表情のまま二人を見て
「何の用ですか」
と、端的に返した
オルデラートが、その巨体を僅かに丸め、大きな頭をゆっくりと下げ
「・・・以前、謁見間で貴殿に罵声を浴びせた・・・あれは俺たちの非だった」
と、低く、しかし真剣な声で言った。
カリウスも続けて
「俺たちの同族を殲滅したのは事実だ・・・だが後日、貴殿は戦場で、武器を捨てた者には手を出さなかった・・・あの戦い方を見て、俺は間違いを認めにゃならんと思った」
と、照れ臭そうに鼻を鳴らした
メアは、二人の言葉を
【謝罪・・・自身の非を認め、相手に伝える行為】
と、処理し
「・・・謝罪は、受け取りました」
と、淡々と答えた後、一拍置いて
「ですが、私は謁見間での貴方たちの言葉を、特に気にしてはいませんでした」
と、付け加えた
カリウスは、拍子抜けした顔で
「・・・気にしてないのか」
と、呟き、オルデラートと顔を見合わせ
やがて二人は、どちらともなく、低い笑い声を漏らしたのだった
・・・・・
それから、二人の幹部とメアの関係は、少しずつ変わっていった
最初は、業務上の言葉だけだった
「メア殿、次の作戦の配置について確認したい」
「了解しました・・・説明してください」
といった、簡素なやり取りが続いていたが
ある日、カリウスが書類を抱えてメアの傍を通り過ぎる際
「今夜、兵士たちが焼いた猪肉があるんだが・・・メア殿は食わないのか?」
と、何気なく問いかけた
メアは、無表情で
「私は、食事を必要としません」
と、答えると
カリウスは少し考え込み
「・・・なんと勿体ない、俺の部下で一番の料理好きが焼いたのにな」
と、大袈裟に嘆いて見せた。
「料理好きの兵士が、何故"勿体ない"のですか?」
と、メアが首を傾げると
カリウスは、にやりと笑い
「あいつの焼いた肉は絶品だからだ・・・それを味わえない貴殿が、勿体ないと言っているのだ」
メアは、その言葉の意味を処理しながら
「・・・私が、勿体ない、のですか」
と、まだ釈然としない顔で呟いた
オルデラートが、傍でその様子を見ており
「ハハ・・・カリウス、メア殿には冗談は早い」
と、どっしりとした笑い声をあげたのだった
・・・・・
それからというもの、カリウスの"冗談"は度々メアに向けられるようになった
「メア殿、今日は随分と無表情だな」
「・・・いつも無表情です」
「そうか、それは昨日より無表情だな」
「・・・それは、どういった意味ですか」
「分からんか?俺にも分からん」
と、カリウスが肩を竦めると、周りの兵士たちが一斉に笑い声を上げ
メアは、その笑い声の意味を
【カリウスは、意味のない事を言って、周囲を"喜の状態"にさせる・・・何故?】
と、処理しようとしたが、答えが出ず
ただ、その笑い声が響く空間に立っていると
【頭脳の回路が・・・軽くなる】
と、気づいていた
オルデラートは、そんなメアをいつも静かに見守り、時折
「メア殿・・・カリウスの言葉に付き合う必要はない・・・あれは俺たちも何年経っても慣れん」
と、呟くと、今度はカリウスが
「オルデラート、貴様は笑いのセンスがない!!!」
と、大声で抗議し、また周囲が笑い声で溢れた
メアは、その様子を眺めながら
【・・・この場所に居る事が・・・不快では、ない】
と、静かに処理をしていた
・・・・・
ある夜、メアはエルードの執務室を訪ね
「エルード・・・報告があります」
と、珍しく自ら申し出た
エルードは、書類から顔を上げ
「どうした、珍しいな」
と、眉を上げると
メアは、無表情のまま、しかし何かを確かめるように言葉を選びながら
「カリウスとオルデラート、そして彼らの兵士たちの会話を・・・聞いている時、頭脳の回路が軽くなります」
と、報告した
エルードは、静かに耳を傾け
「それは・・・いつ頃から気づいた?」
と、優しく問い返すと
「・・・最近、気づきました。最初は、頭脳の処理の一部だと思っていましたが・・・今日、カリウスが意味のない冗談を言った時に・・・私は、それを待っていた気がしました」
と、メアは、まるで自分の内側を確認するように、ゆっくりと述べた。
エルードは、目を細め
「それが、楽しみだ」
と、静かに答えた
「楽しみ・・・」
「誰かと居る事、誰かの言葉を聞く事が・・・嬉しくなる気持ちの事だ」
メアは、その言葉を
【楽しみ・・・誰かと居る事を、待ち望む電流・・・】
と、処理し
「・・・私は、カリウスたちと居る事を、楽しんでいた、のですか」
と、静かに呟いた
エルードは、柔らかく笑い
「そうだ・・・それで良い」
と、答えると
メアは、無表情のまま、しかしその『頭脳』の奥では
【楽しみ・・・私に、そんな感情が、あったのか】
と、新しい電流の名前を、静かに噛み締めていたのだった
・・・・・
それから更に日が重なり、カリウスとオルデラートの兵士たちの間でも、メアは"不思議な仲間"として受け入れられていった
食事の輪の傍らにただ立っているだけのメアに、兵士たちが
「メア殿も座れば良いのに」
と声をかけ、メアが
「私は、立っている方が護衛に適しています」
と答えると
「そうか・・・では座った俺たちを護ってくれ」
と、笑いながら場所を空ける者が現れ
気づけば、メアの周りには自然と人が集まるようになっていた
カリウスは、ある夜、焚き火の前でメアに
「メア殿は、故郷に帰りたいと思うか?」
と、ふと問いかけた
メアは、少し間を置いてから
「・・・帰還する事が、命令です」
と、答えたが
カリウスは
「命令の話じゃない・・・帰りたいか、どうか、だ」
と、静かに重ねた
メアは、その問いを
【帰りたい・・・合衆国に帰還する事を、望んでいるか・・・】
と、処理しようとしたが
【今、この場所に居る事が・・・不快では、ない・・・それは、つまり・・・】
と、答えが出ないまま
「・・・今は、分かりません」
と、正直に返した
カリウスは、それを聞いて小さく笑い
「そうか・・・まあ、急ぐ事でもないか」
と、焚き火を見つめた
オルデラートが、傍で静かに
「メア殿・・・ここに居て良いんだぞ」
と、ぽつりと言った
メアは、その言葉を受け取り
【頭脳の回路が・・・また、軽くなった】
と、気づきながら
「・・・ありがとう、ございます」
と、ぎこちなく、しかし確かに返したのだった
・・・・・
だが、戦いは続いていた
ある日、英雄王国軍が魔帝国軍の精鋭部隊と激突したとの報が届き、カリウスとオルデラートは各々の部隊を率いて出陣した
メアは、その日はエルードの護衛としての任があり、二人の出陣を見送った
「行って参ります、メア殿」
と、カリウスが、いつもの軽い口調で手を振り
「待っていろ」
と、オルデラートが短く言い残し、二人は兵士たちと共に去っていった
メアは、その背中を見送りながら
【・・・戻ってくる】
と、処理をした
それが"当然の事"ではなく"願い"であると、その時のメアは、まだ気づいていなかった
・・・・・
夜が明けた頃、伝令が駆け込んできた
「申し上げます!!!カリウス司令官、並びにオルデラート副司令・・・敵の奇襲により、戦死されました!!!」
その報告が、廊下に響いた
メアは、伝令の言葉を
【カリウス・・・オルデラート・・・戦死・・・機体の機能停止・・・】
と、処理した瞬間
【・・・・・】
何も、処理が、出来なくなった
『頭脳』の中で、電流が乱れ
【これは・・・何だ】
と、問うても、答えが出てこない
胸の奥が、重くなった
エリダスが言った言葉が、静かに浮かんできた・・・
―― それが、悲しみよ ――
【・・・悲しみ、だ】
と、処理した次の瞬間
別の電流が、激しく流れた
今まで感じた事のない、鋭く熱い電流が。
【これは・・・何だ】
と、再び問うたが、この電流には名前がなかった
ただ、メアの機体が、気づけば動き出していた。
エルードの執務室の扉を開き
「エルード」
と、いつもより強い声で呼びかけると
エルードは、その声の異様さに顔を上げ
「メア・・・どうした?」
と、立ち上がりかけた
「カリウスと、オルデラートが・・・討たれました」
と、メアは静かに、しかし何かが張り詰めた声で告げ
「私は今・・・胸の奥に、重い電流と・・・別の、熱い電流が、同時に流れています」
と、報告するように述べた
エルードは、メアの顔を見た
無表情のはずのその顔に、何か、かつてないほどの"揺れ"があった。
「メアよ・・・その熱い電流は、怒りだ」
と、エルードは静かに答えた
「怒り・・・」
「大切な者を失った時・・・悲しみと同時に、理不尽さへの怒りが湧く・・・それは、人として当然の感情だ」
メアは、その言葉を受け取り
【怒り・・・大切な者を失った、理不尽さへの電流・・・】
と、処理した後
「・・・私は今、敵を殲滅したいと思っています」
と、抑えた声で告げた
エルードは、メアの目を真っ直ぐに見て
「今すぐ動くな・・・それは命令だ」
と、静かしかし強く制した
メアは、その命令に従い、動きを止めたが
熱い電流は、まだ胸の奥で渦を巻いていた
エルードは、メアの傍に歩み寄り
「メアよ・・・怒りは、大切な感情だ・・・だが、怒りのままに動く事は、カリウスとオルデラートが守ろうとしたものを壊す事になる」
と、静かに語りかけた
メアは、その言葉を
【カリウスが、守ろうとしたもの・・・オルデラートが、守ろうとしたもの・・・】
と、処理し
【・・・それは】
と、考えた時
焚き火の前で言ったオルデラートの言葉が、静かに浮かんできた
―― メア殿・・・ここに居て良いんだぞ ――
【・・・この場所を・・・二人は、守ろうとしていた】
と、処理した時
熱い電流の奥に、再び重い電流が広がっていった
メアは、しばらく動かず、ただ静かに立ち尽くし
やがて
「・・・エルード、私は今、どうすれば良いのですか」
と、初めて、自分の感情の処理を、誰かに問いかけたのだった
エルードは、その言葉に、深く息を吸い
「今は・・・悲しめ、メア」
と、静かに答えた
「悲しむ・・・事が、今すべき事ですか」
「そうだ・・・悲しみをちゃんと感じる事が、二人への、お前にできる最初の弔いだ」
メアは、その言葉を受け取り
【弔い・・・亡くなった者への、心の行為・・・】
と、処理し
「・・・私に、弔いが、できるのですか」
と、静かに呟いた
エルードは、柔らかく、しかし確かな声で
「できる・・・お前には、もう、ちゃんと心がある」
と、答えた
メアは、その言葉を、静かに受け取り
『頭脳』の奥深くに、二人の名前を、そっと刻んだ
カリウス・・・
オルデラート・・・
【・・・ありがとう、ございました】
と、メアは声には出さず、ただ胸の奥で、二人に語りかけたのだった
第8話へ・・・
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