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「夫とはただの同居人──40代、心が枯れたとき、私は恋をした」

気づけば、「自分の人生ってなんだったっけ?」
そんなふうに思う日が増えていた。

朝起きて、家族の朝食を作り、子どもを送り出し、洗濯をして、スーパーに寄って、夕方には晩ごはんの支度。
一見、何も問題のない毎日。だけど、心の奥にぽっかりと空いた空白だけが、年々大きくなっていった。

夫とは、もう長いことまともに会話をしていない。
同じ屋根の下で暮らしていても、もはやただの“同居人”。
私が何を考えているか、何に疲れているかなんて、きっと彼は知らないし、興味もないのだろう。

そんなある日。
仕事の関係で、取引先の担当者として彼と出会った。

名刺を交換し、形式的な挨拶。
最初はただのビジネスライクな関係だったのに、ふとした雑談で話が弾んだ。

映画の趣味が同じだったこと。
お互いに高校生の子どもがいること。
「うちのも反抗期でね」なんて笑い合った瞬間、不意に思った。

──ああ、私、久しぶりに笑った。

その瞬間、自分の中で何かが音を立てて崩れたのを感じた。

最初は、「この気持ちは錯覚だ」と自分に言い聞かせた。
「家庭を壊すわけにはいかない」
「ただの会話が嬉しかっただけ」
そうやって何度も気持ちをなだめたけれど、彼とLINEをやり取りするたびに、気持ちは少しずつ、でも確実に深くなっていった。

そして──ある夜。

仕事帰りに食事をして、そのまま流れるようにホテルの部屋へと向かった。
自分の中で“女”のスイッチが入ったのがわかった。

誰かに必要とされる感覚。
手をつなぐ温度、抱きしめられる安堵感。
触れられた肌が、何年ぶりかに敏感に反応するのを感じた。

罪悪感はあった。
でも、それ以上に、私は「生きている」と感じた。

自分の家庭を壊す気は、今もない。
子どももいるし、夫を憎んでいるわけでもない。

だけど、彼と出会ってしまったあの日から、もう「何もなかった頃の私」には戻れない気がする。

そして今。
彼とは別れた。お互いに「これ以上はよくない」と、話し合って決めた。

でも、後悔はしていない。

なぜなら、あの時間の中で私は、「私自身」を少しだけ取り戻せたから。

あのときの私が、今の私を見たら、なんて言うだろう。
きっと──「おかえり」って、微笑んでくれる気がする。

──なぜ、私は彼と別れる決断をしたのか

彼との関係は、最初から永遠を求めるものではなかった。
「誰かに必要とされたい」「愛されたい」そんな一瞬の渇きが生んだ関係だったと、今なら冷静に思える。

でも、別れを決めた一番の理由は——

**「これ以上、嘘をつく自分が嫌になった」**からだった。

家に帰って、いつものようにキッチンに立ち、何食わぬ顔で食事を作る自分が、ときどきとても滑稽に思えた。

どんなに刺激的な夜を過ごしても、朝になればまた「妻」に戻る。
その繰り返しが、だんだんと苦しくなっていった。

彼と一緒にいた時間は、確かに幸せだった。
でも、その幸せは、誰かの不幸と引き換えに成り立っている気がして、やがてそれが耐えがたくなった。


──夫への気持ちはどう変わったか

正直に言えば、愛情はもうないのかもしれない。

でも、「情」はある。
何年も一緒に過ごし、子どもを育て、良いときも悪いときも共に乗り越えてきた。
それは、恋愛とはまったく別の、もっと深くて静かな絆。

彼と関係を持っていた頃は、夫が無関心な存在に思えていたけれど、
一線を越えて戻ってきた今、不思議と彼の不器用さが少しだけ愛おしく見えた。

「伝えなければ伝わらない」
そう気づいたのも、あの関係があったからかもしれない。


──そして、これからの自分に期待すること

たぶん私は、恋をしたかったのではなく、**「自分を取り戻したかった」**だけなのだと思う。

誰かに見つめられること。
誰かに名前を呼ばれること。
誰かに「あなたが大事だ」と言ってもらうこと。

それは、“女”として、ではなく、“一人の人間”として、必要だったのかもしれない。

これから先、また恋をするかもしれない。
しないかもしれない。
でも、今の私は、前よりずっと「私自身」でいられている気がする。

心の声に耳を澄ませること。
ひとつひとつの感情にフタをせず、正直に向き合うこと。

それを繰り返すうちに、いつか「自分らしい幸せ」にたどり着ける気がしている。


🌙あとがき

もし、あなたが今、誰にも言えない気持ちを抱えているのなら。
どうか自分を責めすぎないで。

誰かを愛することは、同時に、自分を愛し直すことでもあるのだから——。

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